<社説>陸自イラク日報隠蔽 文民統制機能していない

 積極的に情報を公開し、説明責任を果たす責務を全うする。公務員として持つべき当然の意識を持っていないと断じるしかない。

 今年1月に見つかったとしていた陸上自衛隊イラク派遣部隊の日報は、陸自研究本部(現教育訓練研究本部)が昨年3月に存在を確認していた。にもかかわらず、統合幕僚監部に報告したのは11カ月後の今年2月である。防衛省が日報の存在を公表するまでには1年以上かかった。
 国会で野党議員が要求した資料を隠蔽(いんぺい)したことは国会軽視以外の何物でもない。国民をもだましたことになる。断じて容認できない。隠蔽した理由を含め、経緯を徹底的に解明することを求める。
 防衛省は今月2日、陸幕衛生部では今年1月26日に日報が見つかったと発表したが、研究本部で発見された時期は明らかにしていなかった。
 発表時点で昨年3月に発見していた事実を知っていたのではないか。長期間隠蔽したことで、さらに大きな問題になることを避けるため、研究本部の発見日時をあえて伏せていたと疑わざるを得ない。
 小野寺五典防衛相によると、日報は南スーダン国連平和維持活動(PKO)日報隠蔽問題を巡る特別防衛監察の過程で、昨年3月27日に研究本部教訓課で見つかった。だが、教訓課長は当時の稲田朋美防衛相ら政務三役や内部部局、統幕に報告しなかった。
 教訓課長は「報告の必要があるとの認識を持っていなかった」と説明しているという。日報を発見した昨年3月には、国会で日報の存否が問題となっていた。説明をうのみにすることはできない。別の理由があるはずだ。
 陸自はイラク復興支援特別措置法に基づき、2004~06年に延べ約5500人を南部サマワに派遣した。戦闘が続く国への初の「戦地」派遣で、宿営地を狙ったとみられる砲撃は十数回に上った。
 特措法は自衛隊の活動を「現に戦闘行為が行われていない地域(非戦闘地域)」に限定した。日報にはそれに反する現地の状況が克明に記されているため、隠蔽したのではないか。
 小野寺防衛相への報告の経緯にも疑念がある。研究本部と衛生部から報告を受けた陸幕が統幕に連絡したのは今年2月27日で、統幕が小野寺防衛相に報告したのは18年度予算成立後の3月31日だった。
 この時期は財務省の文書改ざんで公文書管理の在り方が問われ、安倍政権が苦境に立たされていた。日報存在の公表を遅らせることで、防衛省が組織ぐるみで予算成立や政権への影響を抑えようとした可能性は否定できない。
 文民統制は、政治が軍事に優越する民主主義国家の基本原則である。陸自が隠蔽を繰り返すなど、安倍政権の下では文民統制が機能していない。陸自を御することができない安倍晋三首相は退陣すべきである。