<社説>司法取引導入 冤罪防止目的に逆行する

 司法取引を導入する改正刑事訴訟法が6月1日に施行される。

 逮捕された容疑者や起訴された被告が共犯者らの犯罪解明のために警察官や検察官に対して、供述や証拠提出などの協力をした見返りに、検察官は(1)起訴の見送り(2)起訴の取り消し(3)より軽い罪での起訴(4)より軽い求刑―などができる。
 罪を犯した人は適正に処罰されるべきである。他人の犯罪を明かしたからといって、償うべき罪を軽減されるなどの恩恵を与えられるのはどう考えてもおかしい。
 対象となる犯罪は改正法で定めている薬物・銃器関連、詐欺、横領、贈収賄などのほか、3月に閣議決定した政令で独占禁止法違反や金融商品取引法違反などを加えた。
 薬物事件など組織犯罪捜査での効果が期待される一方、虚偽の供述で冤罪えん(ざい)を生む危険性がある。逮捕された後、刑を逃れたり、軽減させたりするために、虚偽の供述をすることは十分あり得る。検察官がうそを全て見破ることができるとも限らない。
 実際、共犯者とされた人物の虚偽供述が重要な証拠となり、身に覚えのない罪に問われた例がこれまでもあった。
 名古屋市発注の道路清掃事業を巡る談合事件で2003年、名古屋地検特捜部に逮捕、起訴された男性は虚偽の証言によって巻き込まれた。業者に予定価格を漏らしたとして逮捕された男性の部下が男性に報告し、了承を得ていたとのうその供述をしたため逮捕された。無罪が確定し、男性が非常勤顧問として職場に戻ったのは逮捕から7年が経過してからである。
 09年に東京都内の民家に男2人と共に押し入り、現金を奪ったとして、強盗致傷罪などに問われた男性は「身に覚えがない」と否認した。だが、共犯者とされた男が「男性から話が持ち込まれた」と供述したため逮捕された。男性が無罪を勝ち取るまでに6年もかかった。
 司法取引の導入によって自らの罪が軽減されることが期待されれば、冤罪の危険性がこれまで以上に高まることは否定できない。
 そもそも刑事訴訟法などの改正は、大阪地検特捜部が押収したフロッピーディスクの内容を改ざんし逮捕した厚生労働省元局長の無罪が確定した文書偽造事件を機に議論が始まった捜査・公判改革の一環である。冤罪を防ぐことが大きな目的だったはずだが、司法取引はそれに逆行する。
 検察が起訴権限を独占し、容疑者らに対して圧倒的な影響力を持っている現状で、司法取引を導入するのは危険である。検察の意に沿うストーリーを受け入れれば、起訴しないと誘導する捜査手法につながる恐れがあるからだ。
 司法取引はあまりにも問題点が多い。新たな冤罪を生みかねないとの懸念を払拭できない以上、司法取引制度は廃止すべきだ。