<社説>オウム死刑執行 真相解明の手だて失った


社会
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 オウム真理教の教祖麻原彰晃を名乗った松本智津夫死刑囚ら7人の刑が6日に執行された。松本死刑囚は一審途中から沈黙し、事件の核心を語らなかった。真相に迫る手だてを失ったことは残念と言わざるを得ない。

 確定判決によると、松本死刑囚は、他の教団幹部らと共謀し、1989年の坂本堤弁護士一家殺害、94年の松本サリン、95年の地下鉄サリンなど一連の事件を引き起こした。公証役場事務長監禁致死事件などを含めた13事件の死者は27人。起訴後の死亡を合わせると29人に上る。
 日本の犯罪史上、類例のない残忍、凄惨(せいさん)な事件だった。テロによる被害者は6500人以上で、多くの人が重い後遺症に苦しんでいる。
 死刑執行を命令した上川陽子法相は「二度と起きてはならない」と強調したが、再発防止のためには、犯行の全貌を詳細に至るまで徹底的に解明する必要があったはずだ。
 一宗教団体が無差別殺人集団に変貌していった経緯、若者たちが犯罪に関与するようになった理由を含め、突き詰めて明らかにしないままで、類似の犯罪を防ぐことができるのか。
 松本死刑囚は95年に逮捕された後、96年の公判で弟子が不利な証言をしたときから、意味不明な言動をするようになった。東京地裁が死刑を宣告した2004年2月以来、公の場に出ていない。08年半ばからは弁護士や家族との面会も避けていた。
 刑事訴訟法は確定死刑囚が心身喪失状態にあるときは法相の命令によって執行を停止する旨を定めている。
 松本死刑囚は刑を執行しても差し支えない精神状態にあったのだろうか。判決確定後の行動を見ると、疑問なしとしない。日弁連が指摘するように、独立した機関が心神喪失状態にあるかどうかを判定し、結果を公表する仕組みが求められる。
 もし、是非善悪をわきまえる能力を失っていなかったとすれば、執行を見合わせる選択肢もあった。いずれ動機や真相を聞く機会が得られたかもしれない。
 同じ日に刑が執行されたオウム真理教元幹部の井上嘉浩死刑囚は3月に東京拘置所から大阪拘置所に移送された際、東京高裁に再審を請求していた。再審請求中の死刑執行は異例だ。
 松本死刑囚が95年5月に逮捕されてから23年、06年に死刑が確定してから12年が経過している。他の元教団幹部を含め、刑の執行は時間の問題だったのだろう。首謀者の心の闇を解き明かすすべはなくなった。
 刑が執行されたからといって事件が終わるわけではない。遺族の悲しみは消えず、テロによる健康被害は残る。
 どうすればこのような悲惨な事件を防ぐことができるのか。社会全体で真剣に考える必要がある。事件を風化させてはならない。