<社説>首相自衛官募集発言 自治体への不当な弾圧だ


社会
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 安倍晋三首相が自民党大会で「都道府県の6割以上が新規隊員募集への協力を拒否している悲しい実態がある」と発言した。しかしこれは明らかに事実に反する。首相本人が2日後の衆院予算委員会での答弁で「正しくは都道府県と市町村だ。自治体だ」と一部を修正した。しかしそれでも事実と異なる。

 しかも安倍首相は「非協力」自治体を解消するため、自衛隊を明記する憲法9条改正の必要性を主張し始めた。改憲の目的に、自衛官募集の自治体協力を挙げること自体、詭弁(きべん)としか言いようがない。
 防衛省は自衛官募集の目的で、市区町村に対して、18歳、22歳になる住民の個人情報の提供を依頼している。2017年度は全1741市区町村のうち、36%の自治体が紙か電子媒体での名簿を提供し、53%の自治体は住民基本台帳の閲覧を認めている。
 防衛省は残り10%の自治体の名簿を取得していない。未取得のうち協力拒否は5自治体だけだ。ほかは募集効果の観点で判断し、防衛省が閲覧していないなどが理由だ。
 つまり自衛官募集に協力をしているのは名簿提供と住民基本台帳の閲覧を認めている合計89%の自治体だ。明確に協力を拒否しているのは5自治体だけで、全市区町村のわずか0・3%に満たない。
 安倍首相が主張する「協力を拒否している」6割以上の自治体とはおそらく、個人情報を紙か電子媒体で提供している36%の自治体を除く64%の自治体を指すのだろう。
 つまり住民基本台帳の閲覧を認めている53%の自治体も、防衛省が募集効果で判断して閲覧自体をしていない自治体も「協力を拒否している」とみなしているのだ。あまりにも乱暴だ。首相の発言とは思えない。
 住民基本台帳法11条は、国や地方公共団体の機関が法令で定める事務のために必要な場合は、住民基本台帳に記載されている氏名、生年月日、性別、住所の写しについての閲覧を認めている。
 住民基本台帳法は閲覧を認めているが、名簿提供まで認める規定はない。このため半数以上の自治体が閲覧にとどめている。同法は06年の改正で「何人でも閲覧を請求できる」との制度を廃止し、閲覧対象を限定した。
 閲覧さえ厳密化されたのに、自治体が防衛省に名簿自体を提供することには批判の声がある。中には防衛省がダイレクトメールを送るための便宜として「宛名シール」などの紙媒体を作成し、提供している自治体もある。これこそ業務を逸脱していないか。
 そして自民党は14日、所属国会議員に対し、自衛官募集の関連名簿提出を地元市町村に促すよう求める通達を出した。国会議員が自治体に圧力を掛けることなどあってはならない。政府の意に反する自治体への不当な弾圧を見過ごすことはできない。