中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案を巡る大規模な抗議デモが香港で激しさを増している。一時は香港国際空港が機能停止に追い込まれた。香港政府は改正案を完全に撤回し、事態の収拾を図るべきだ。
一党独裁の中国では、意に沿わない活動をする弁護士らを拘束するなど、国家権力による人権じゅうりんが後を絶たない。
改正案が可決されると、中国に批判的な香港の活動家が本土に送られて、不当な扱いを受ける恐れがある。香港の人々が反発するのも当然だ。
香港の行政長官は、各業界団体代表ら親中派が多数を占める「選挙委員会」による投票で選ばれ、中国政府が任命権を持つ。民意を代表する存在ではない。
事実上、親中派しか行政長官選に立候補できない制度の導入を2014年に中国が決定した際には、香港の学生らが真の普通選挙を求め大規模デモ「雨傘運動」を起こした。
民意を反映させる仕組みが整っていない中で、政策を改めさせる手段は限られている。思いつくのはデモぐらいだ。今起きているのは、やむにやまれぬ行動と見ていい。
これに対し、中国政府の香港担当部門は、香港警察によるデモ隊の排除を断固支持すると表明する一方、香港政府の要請があれば現地の中国人民解放軍の出動が可能という立場にも言及した。
香港に接する広東省深圳では、中国の武装警察隊員ら数百人が制圧訓練を実施した。武力行使も辞さない構えを見せる。
中国では1989年、学生らの民主化要求デモを当局が武力弾圧した「天安門事件」が起きた。無差別の発砲で多数の死傷者を出している。319人が死亡したとされるが、正確な人数は不明だ。中国共産党と政府は弾圧を正当化している。
高度の自治を約束した「一国二制度」の香港で、中国が実力行使に踏み切るならば、国際社会の厳しい非難を招くのは間違いない。強く自制を求めたい。
他方、デモ隊の一部が破壊行為に及ぶなど、過激化している。このままだと強硬手段を正当化する口実を当局側に与える。平和的な方法で世論に訴えるべきだろう。
香港の警察隊は催涙弾を発射して強制排除に乗り出した。多数を逮捕し、負傷者も続出している。極めて憂慮すべき状況だ。
香港政府に求められるのは、大規模なデモを繰り広げる若者らの声に真摯(しんし)に耳を傾け、民意に従うことだ。対話なしには何も解決しない。
この問題で英国やフランスは平和的な解決策を見いだすよう香港政府に促している。トランプ米大統領は近く中国の習近平国家主席と電話会談をする予定だという。
根本にあるのは人権の問題だ。日本政府も傍観せずに存在感を示すべきだ。