鳩山元首相引退 「県外」追求は正当だった

 2009年の政権交代の象徴だった鳩山由紀夫元首相が政界引退を表明した。消費増税などに反対を貫き、民主党の公認を得られる見通しがなくなったことで、「名誉ある撤退」を図ったとされる。

 沖縄の最大懸案である基地問題で功罪相半ばする鳩山氏の引退に、県民は複雑な思いに駆られているだろう。09年の衆院選前の沖縄遊説で、鳩山氏は米軍普天間飛行場の返還・移設問題をめぐり、「最低でも県外移設」と強調した。
 県民は、県内移設の呪縛にとらわれた日米両政府の基地政策に風穴が開くという期待感を高めた。
 1996年の日米の返還合意以来、1ミリも動かない普天間飛行場の危険性と過重な基地負担にあえぐ県民の声に耳を傾け、鳩山氏が従属的な対米関係の見直しなどを模索したことは正当だった。
 だが、米国と気脈を通じて「県外移設」つぶしに暗躍した外務、防衛官僚らに包囲網を敷かれ、鳩山氏は2010年に辺野古移設に回帰した。指導力の弱さを突かれ、沖縄社会を大いに失望させた。
 鳩山氏は歴代首相で初めて、日本の安全保障政策の官僚支配の病弊と、沖縄への基地偏在に潜む差別的構造を可視化した。基地負担をこれ以上引き受けないという沖縄の民意がかつてなく強まるきっかけをつくった点で、歴史に刻まれることは間違いない。
 鳩山氏が対米関係を揺るがしたとみなす在京大手メディアは、普天間問題を鳩山氏個人の責任に矮小化することで、結果的に「県外移設」は困難と印象操作に走っている。木を見て森を見ない、アンフェアな見方と言わざるを得ない。
 今年5月の本土復帰40周年記念式典に出席した際、鳩山氏は本紙のインタビューで県外移設が実現できなかった最大の要因について「防衛、外務官僚は米側を通して辺野古でないと駄目だという理屈を導いた」と証言した。
 鳩山氏は引退後、沖縄などに平和研究所を設立する考えを示している。首相に面従腹背していた官僚や政治家の内実を具体名を挙げて後世に示すことが最初の務めであろう。
 消費増税反対の議員を押しやるなど、危うい純化路線に走る野田佳彦首相らに対し、鳩山氏はつっかい棒のような存在でもあった。
 総選挙を機に、沖縄の民意に背を向けた基地押し付けがさらに強まることを警戒する必要がある。