原子力規制委員会の事務局を担う原子力規制庁が、原発の新たな安全基準の骨子がまとまった段階で、既存原発が新基準に適合するかどうかを事前に調査する方向で検討に入った。
新しい安全基準が決まるのは来年7月だ。規制庁は新基準決定後の審査手続きの効率化を目的として挙げる。骨子の段階で基準を先取りするかのような調査は、夏の電力需要期を見越した再稼働スケジュールありきとしか映らない。規制委の権限も侵しかねず、その独立性に疑義を呼び起こしかねない。
規制委と規制庁は原発事故の反省を踏まえ、安全規制の実効性を担保するため設置された。両者の職責は技術的、科学的判断で安全性を追求し、住民の命と地域の安全を守ることだ。電力業界や早期再稼働を求める自治体への配慮を住民よりも優先するのは、本末転倒だ。
規制庁には発足当初から疑問符が付いた。幹部に原子力推進官僚が名を連ねており「規制行政の信頼回復には程遠い人事」と指摘された。仏作って魂入れずで、それが現実味を帯びてきた。
安全基準は、意図的な航空機の衝突やテロも想定した過酷事故対策も盛り込む。専門家によっては「5年かけてもおかしくない内容」と言うほどの重要な基準だ。
それを骨子段階から事前調査というのでは、推進側の介入で安全規制が骨抜きにされた歴史的過ちを繰り返すことになる。新しい組織になった今こそ癒着を断ち切り、緊張関係を保たねばならない。
規制委が福島の事故を受けて新たに決めた原子力災害対策指針では、避難に備える災害対策重点区域を現行の半径10キロから30キロまで広げた。それに基づいて自治体は来年3月までに地域防災計画を立てるが、実行可能な計画にするには期間が短すぎる。
十分な計画策定の見通しさえ立たない中で事前調査を始めることは、住民の安全を置き去りにすると言わざるを得ない。規制庁は、自治体の地域防災計画策定を後押しするのが先決ではないのか。
原子力行政は経済効率性、行政や電力会社など推進する側ではなく、住民の命や地域の安全を踏まえ、科学的な視点で原発に向き合うのが出発点であるべきだ。その視点を貫けば、地震国日本で原発再稼働に無理があることはおのずと見えてくるだろう。