法制審議会試案 改革論議の原点忘れるな


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 刑事司法制度の改革を議論している法相の諮問機関、法制審議会の特別部会が試案を公表した。容疑者の取り調べの録音・録画(可視化)に関し、裁判員裁判の対象事件に絞るなど現在の試行より範囲を狭める二つの案を併記した。
 その一方で通信傍受の犯罪対象拡大なども盛り込んでいる。一部の委員が「焼け太りだ」と批判するように、可視化が中途半端なままに捜査手法ばかり強化しては、国民の信頼を取り戻そうという捜査側の危機感は薄いと言わざるを得ない。

 この特別部会は、大阪地検特捜部の証拠改ざん・隠蔽(いんぺい)事件を受けて設けられた「検察の在り方検討会議」の提言で設置された。試案による可視化の対象では、その事件さえ漏れてしまう。議論の出発点を忘れてはならない。できるだけ広い事件で全面可視化に向けて議論を煮詰めるべきだ。
 試案は可視化の試行で適切な取り調べの確保や供述の任意性・信用性の立証に役立つことが分かったと指摘。法制定も含め可視化の制度化を提言したことは評価できる。
 問題は可視化の範囲を(1)裁判員裁判対象のうち組織犯罪など一定の例外を除き、取り調べの全過程で義務付ける(2)取調官の裁量に委ねる―の2案を併記したことだ。
 検察と警察は裁判員裁判のほか、知的障がい者の事件、地検特捜部の独自事件でも可視化を試行している。試案は、試行より後退しており、捜査当局の本音は可視化に取り組みたくないと言っているようなものだ。試案からは一連の不祥事の反省も伝わってこない。
 パソコン遠隔操作事件でも言えるように、冤罪(えんざい)は何も裁判員裁判に限られるわけではない。可視化の範囲を取調官に委ねるなどは論外だ。国民の信頼を損ねたからこそ、可視化という制度の導入を検討しているのではないのか。
 試案は新たな捜査手法として通信傍受の対象拡大のほか、犯罪解明に協力した場合に減刑する司法取引なども盛り込む。しかし、全面可視化をはじめ、証拠の全面開示など容疑者の権利を守る議論が先にならなければ国民の理解など得られまい。
 「改革」という掛け声だけでは、意識は何も変わらない。取り調べは難しくなろうとも、可視化を幅広く制度化してこそ自白偏重の土壌も、容疑者に対する威嚇、誘導を容認する意識も確実に変わり、国民の信頼回復につながる。