公務員給与削減 国の一方的強制は問題だ


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 国が求める地方公務員の給与削減問題が大詰めを迎え、県内自治体は対応に苦慮している。さまざまな観点から疑問がわく。国による一方的な強制は、やはり問題だと言わざるを得ない。

 問題の第一は、地方交付税を取引材料に使っている点だ。
 地方交付税の役割は三つある。最低限必要な行政サービスをどの地方にも確保する「財源保障機能」、経済力の低い地方に手厚く配分して地域間再分配を図る「財源調整機能」、国と地方の「財源配分機能」だ。その際、分配の公正性が何より求められる。国による恣意(しい)的な配分は厳に戒められているはずだ。
 今回、給与削減をさせるために国は地方交付税を減額した。国の政策目的達成の手段として地方交付税を使ったことになる。「恣意的配分」そのものではないか。
 手法も問題だ。今回は国による一方的措置で、全国知事会など地方の言い分に一切、耳を貸さなかった。「国と地方は対等」といううたい文句は、どこへ行ったのか。
 地方はこれまで国に先んじて人件費削減努力を重ねてきた。全都道府県で独自の給与削減を実施し、
その額は1999年以降で約2兆2千億円に及ぶ。職員数も過去10年で19%削減した。国の非現業職員は3%削減だから6倍以上だ。こうした経緯も無視した措置に地方が反発するのは当然だろう。
 百歩譲って復興財源に充てるために必要だというなら、給与引き下げ分を被災自治体への交付金とする仕組みをつくるべきだ。今のような国の「恣意的配分」を許したままでは、またぞろ被災地に関係ない政権党によるばらまきが復活するとの疑念がぬぐえない。
 「アベノミクス」に逆行するとの批判もある。景気回復には家計の引き上げ、それによる消費拡大が何より必要だ。それなのに全就業者人口の6・5%の家計を圧縮するのでは、ベクトルが逆だ。
 参院選前に「公務員たたき」を演出し、人気取りをしようという政治的思惑があるのなら、不純だ。消費税引き上げに向けた地ならしであれば、それはそれで不適切だ。正々堂々と議論すべき話ではないか。
 行政の無駄は排除すべきで、国にも地方にも求められる。ただそれは、天下り先の独立行政法人や特別会計への切り込み、無駄な公共事業の仕分けなど、本質的な行政改革で達成すべきだ。