参院選・憲法(上) 96条改正は変則的だ

 安倍晋三首相は1月の衆院本会議で「まずは(憲法)96条改正に取り組む」と明言した。だが今、議論は沈静化した感がある。しかし選挙後再び浮上するであろう。各党は改正の是非を堂々と争点に掲げ、正面から論じるべきだ。

 96条は憲法改正の手続きを定める。衆参両院の総議員の3分の2以上の賛成、国民投票で過半数の賛成という2段階の手続きが必要と規定する。
 これに対し、自民党の憲法草案は「衆参両院の総議員の過半数、国民投票の有効投票の過半数」へと改めるよう求める。日本維新の会も手続き緩和を求めている。
 過半数で改正できる他の法律と異なり、憲法は改正手続きが厳格だから「硬性憲法」と呼ばれる。「軟性」はイスラエルやタイなど4カ国にすぎず、世界の圧倒的大多数が硬性憲法である。
 自民党は「世界的に見ても改正しにくい憲法だ」と主張するが、疑問だ。例えば米国は上下両院の3分の2以上の賛成と、4分の3以上の州議会の承認を必要とする。確かに米国は第二次大戦後6回改正したが、いずれもこの厳格な手続きを経た上で実施したものだ。つまり、それほど広範な国民の支持を得て改正しているのだ。
 憲法の改正要件を緩和した例は世界中で一つもない。改正したければその中身を堂々と掲げ、広範な支持を得て改正するのが筋であろう。それだけの支持を得るのが難しいから、手続きの方を先に改正しようとするのは、小林節慶応大教授の言葉を借りれば「裏口入学のようなやり方」だ。小林氏は、岸信介元首相が会長だった自民党の自主憲法制定国民会議にも参加していた改憲論者である。
 そもそも憲法がなぜ「硬性」か。民主主義国で権力を握るのは国民の多数派だが、多数派も過ちを犯すことがあるからだ。多数意思の暴走の怖さは、ナチスが選挙を経て権力を握った歴史が示している。
 今も、例えば米軍普天間飛行場に関し、沖縄県民の意思を圧殺し、沖縄だけに移設先を限定しようというのが国民の多数派である点を見れば、多数決の怖さが分かる。
 少数派を圧殺しかねない多数決の怖さ、暴走しがちな人間の弱さに着目し、権力を縛るのが憲法の役割であり、憲法が硬性であるゆえんだ。それが立憲主義であり、近代の英知、到達点である。その重みをかみしめるべきだ。



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