TPP年内断念 安全揺らぐなら離脱を


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 もう一度、国民の安全を守るという政府の役割の原点に立ち戻るべきだ。

 環太平洋連携協定(TPP)交渉の閣僚会合は年内妥結を断念した。日本の譲歩ばかりが目立つ交渉が、拙速の妥結に至らなかったのはむしろ幸運だった。TPPは農業だけでなく数多くの分野で国民の安全を揺るがしかねない。安全こそが中核的な国益、国民益だ。政府は、その原点が侵されると判断すれば、交渉を離脱することも視野に入れるべきだ。
 交渉越年は各国の主張の隔たりが大きかったからだが、中でも米国の強硬姿勢が目立った。日本には関税の完全撤廃を求め続け、東南アジア諸国に対しては知的財産権延長を譲らなかった。
 それにしても、日本政府の読みは明らかに甘すぎた。2月、安倍晋三首相はオバマ米大統領との会談後、「互いのセンシティビティ(敏感な問題)に配慮する」との共同声明を発表。これを材料にTPP交渉参加に踏み切った。
 その後は米国に譲歩してばかりだ。米国産牛肉の輸入条件は緩和し、政府系のかんぽ生命保険を米国系の民間生命保険会社と提携させた。農業分野の重要5品目の聖域確保を米側が最終的に受け入れるとの読みが政府にあったのだろう。だが今回、米側にその気配は全くなかった。誤算は疑いない。
 それにしてもTPPは懸念材料が多すぎる。何も農業5品目だけではない。
 東南アジア各国も同じ懸念を持っているが、製薬会社の特許権強化を米側要求通り認めれば、安価なジェネリック(後発)医薬品は大きく制限される。薬価は膨らみ、医療保険は崩壊しかねない。米保険会社の市場開拓と引き替えに、国民皆保険も瓦解(がかい)の恐れがある。
 何より食品表示制度が心配だ。米国のバイオ化学メーカーが「非関税障壁を撤廃せよ」と主張すれば、遺伝子組み換え食品かどうかも表示できなくなるかもしれない。
 これらは国民の生命の安全を直接的に脅かすものだ。企業が他国政府を訴えることができる「ISDS条項」も、仮に米側の要求通り認めれば、法制定の自主権を事実上失うことになる。
 国民の安全を揺るがし、主権を売り渡すくらいなら、交渉を離脱すべきなのは論をまたない。政府はそれを肝に銘じるべきだ。