教委改革案 首長の暴走止められるのか


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 教育への政治介入や首長の暴走を食い止めることはできるのか。懸念が払拭(ふっしょく)されたとは到底言い難く、教育委員会改革の行方は依然不透明と指摘せざるを得ない。

 政府と自民党は教委制度改革で、教育長と教育委員長を統合した常勤ポスト「代表教育委員(仮称)」を創設する案で大筋合意した。首長が代表教育委員を任命・罷免できるようにし、教育行政に強い影響力を行使できるようにしたのが特徴だ。教育行政の方向性を示す「大綱的方針」を策定する権限も首長に移す。
 昨年12月の中教審の答申では、教育行政の最終的な権限を持つ「執行機関」を首長に移す案も示されたが、自民党文教族や公明党の反発もあり改革案では教委に権限を残すとした。ただ、これをもって政治的中立性が確保されたとするのは早計だ。
 現行の教委は首長から独立した組織だが、改革案では首長の関与が大幅に強化される。教育方針の策定に加え、予算が必要な事務の執行権限も教委から首長に移行する。代表教育委員の設置で責任体制が明確化するとされるが、教委の機能は縮小し、首長の発言力が増すため、教育現場への介入の危険性が強まるのは避けられない。
 大綱的方針の策定では、教育委員や有識者でつくる新たな協議会を設置するとした。教委が首長の暴走を抑えるためとの触れ込みだが、協議会の場で、任命権者である首長に異を唱えることは果たして可能だろうか。むしろ、首長の主張にお墨付きを与える追認機関に成り下がる懸念だけが膨らむ。
 首長が教育委員を罷免する場合も、どのような場合を想定しているのか不明だ。現在の罷免権は病気などに限定されるが、首長の権限が恣意(しい)的に解釈され、乱用されることは到底許されない。
 教委改革のきっかけとして、大津市のいじめ自殺での学校の隠蔽(いんぺい)体質や教委の無責任体質に批判が高まり、社会問題化したことがある。一方で、政治主導の教育を目指す安倍晋三首相や下村博文文科相の強い意向が背景にあることも忘れてはならない。安倍政権は地方教育行政法改正案の今国会提出を目指すが、強権的な手法は厳に慎むべきだ。
 教委が首長から独立した機関とされたのは、戦前戦中に国が教育で軍国主義を浸透させた負の歴史を教訓にしているからだ。教委改革はその原点に立ち返るべきだ。