辺野古訴訟開始 自治を放棄する県の詭弁

 お上(国)の意向に従って住民を統治する官選知事の時代に戻ったのかと錯覚してしまう。

 米軍普天間飛行場の代替新基地を名護市辺野古沖に建設するための埋め立て申請をめぐり、承認した仲井真弘多知事の判断の取り消しを求めた訴訟が始まった。
 訴えの却下を求める被告の県は「埋め立てるかどうかは、国の判断に委ねられるべきものだ」と答弁書に記した。この主張に沿えば、県知事の承認を求める埋め立て申請の手続きはいらないことになる。
 県の主張を要約すればこうだ。国が事業主体である公有水面埋め立てについて県の裁量権は事実上なく、知事の承認の当否は訴訟の対象にはならない-。
 これでは、国の判断に異義を差し挟む余地はないのに、仲井真知事と県当局は裁量権があると装って県民を欺き、不承認の期待感を抱かせ続けたことになる。
 沖縄の将来を左右する新基地建設を認める重大判断を下した当事者の意識はこれほど軽いのか。選挙を介して県民の負託を受ける県知事の職責を自ら軽んじ、地方自治を放棄しかねない詭弁(きべん)である。
 沖縄防衛局が昨年3月に埋め立てを申請して以来、仲井真知事は、環境が保全できるかなどを慎重に見極め、承認か不承認かを判断する姿勢を示し続けた。
 環境生活部は昨年11月、「生活や自然環境保全への懸念を払拭(ふっしょく)できない」と結論付けて土木建築部に見解を提出した。環境保全の観点から埋め立ては不可能との認識を強くにじませていた。
 埋め立て不承認を望む県内世論が高まる中、すべてが知事の裁量権を前提にした対応だったはずだ。
 辺野古沖を埋め立てて造る新基地は、豊かな自然を脅かし、住民生活にも重大な影響を与えることは確実だ。行政訴訟は、公権力の行使によって権利を侵害される住民を救済する最後のとりでであり、原告側には十分な適格性があろう。
 承認行為自体が訴訟の対象にならないと、県が主張することは予想できたが、問題はその中身だ。県の姿勢は埋め立て承認までの経緯と全く整合性が取れず、無責任の極みだ。国に逆らわないと決めた知事の承認判断を受け、つじつま合わせに走る県当局は思考停止に陥っている。
 司法は埋め立てによる権利侵害の実相を踏まえ、実質的な審理を尽くしてもらいたい。