4・28 真の主権回復考える日に

 1952年に日本が独立を回復する一方で、沖縄を米軍の施政権下に置いたサンフランシスコ講和条約発効の日を迎えた。沖縄にとって「屈辱の日」に、政府が「主権回復」を祝う式典を開催した昨年に比べると、今年の4・28は緊張感が和らいだ雰囲気だ。

 しかし、多くの県民がそのとき抱いた埋め難い違和感、距離感は一層深化し、沖縄の未来を考える際の衝動につながっているように思える。
 昨年末、仲井真弘多知事が米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた埋め立てを承認したときには、多くの県民は新たな屈辱を味わった。自民党県連も普天間県外移設方針を実質上転換し、「オール沖縄」の結束に亀裂が生じたことは確かに否めない。
 しかし、県民の思いを踏みにじるかのように辺野古移設を強引に進める政府に対し、多くの県民は構造的な差別と暴力性を肌で感じている。このままでは沖縄は大変なことになる。そんな危機感や覚悟が共有され、蓄積されている。
 ここ数年「自己決定権」という言葉が頻繁に使われている。沖縄のこと、沖縄の将来は沖縄県民が決めるという趣旨だ。植民地状態からの脱却を目指すという意味で民族自決と同等の権利主張だ。
 1966年の国際人権規約第1条は「すべての人民は自決の権利を有する」と記している。
 これを基に経済界や労働団体、学識経験者、首長らが組織した沖縄道州制懇話会は2009年に、沖縄に地方政府を設置する「特例型単独州」を提言した。
 それ以前も含め、自己決定権確立を求める世論は沖縄の中に脈々と流れている。これに、構造的差別に根差す近年の危機意識が重なっている。もはやこの流れが小さくなることはないだろう。
 真の主権は国民にある。その主権を守るために、権力を縛る憲法がある。それが立憲主義だ。安倍政権はその憲法を骨抜きにし、まさに国民主権の大きな脅威になってきている。
 沖縄の日本復帰は「日本国憲法への復帰」とも言われた。その憲法がないがしろにされている状況下で、沖縄の未来がどうあるべきかの議論も今後高まるだろう。
 子や孫のためにどのような沖縄を残すのか、残すべきか。現在に生きる一人一人が真剣に考え、機会あるごとに意思表示をすることがますます重要になっている。