集団的自衛権 憲法骨抜きにするな 「遠隔地の戦争」の危うさ


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 他国の戦争に連なって戦争できる国に転換する。その歴史的節目を日本も越えたのかもしれない。

 安倍晋三首相は、集団的自衛権の行使を可能とする憲法解釈変更を目指すと明言した。安全保障面で関係があるなら、別の国への攻撃に対しても武力を用いることになる。戦後68年間、日本は1人の戦死者も出さずにきたが、他国の戦争で自衛隊員に死者が出る可能性が高まる。その覚悟が安倍首相にも国民にもあるとは思えない。
 民主的な最低限の手続きも踏まず、時の首相の一存で解釈改憲に突き進む。戦後の平和を支えた立憲主義、法治主義の基盤を掘り崩す、あまりに危険な姿勢だ。

立憲主義に背向け

 各種世論調査では解釈改憲反対が多数を占める。だが、首相の私的諮問機関にすぎない「安保法制懇談会」は、集団的自衛権の行使を禁じた従来の憲法解釈を誤りと断定し、行使容認を求める報告書を出した。容認派ばかりの14人のメンバーは首相が選んだ。
 安倍氏による安倍氏のための憲法解釈変更を導き出す結論ありきの報告書だ。これを受け、首相は「確固たる信念を持ち、検討する」と宣言し、胸を張った。
 報告書の最大の問題は「安全保障環境の変化」を声高に叫び、最高法規である憲法を骨抜きにしたことだ。完全に安保が憲法を凌駕(りょうが)している。不戦を誓い平和憲法を保ってきた国が、立憲主義に自ら背を向ける本末転倒の発想だ。
 自民党中心の歴代政権は「集団的自衛権を持っているが、行使できない」という解釈を固持してきた。憲法が権力の暴走を抑止する立憲主義をわきまえた内閣法制局の見解に従ってきたのだ。
 イラク戦争で米軍などの支援のために自衛隊を派遣した小泉純一郎元首相でさえ、行使できないという解釈を崩すことはなかった。
 安倍首相の会見は本質をぼかす印象操作そのものだった。紛争地で救出した邦人を乗せた同盟国の船が攻撃を受けたとし、武力を使って守ることが許されないのか-と問い掛けて見せた。よく考えてみたい。他国とは米国を念頭に置いていることは間違いない。世界最大の武力を有する国に対し、宣戦布告に等しい攻撃を仕掛ける国がどこにあるだろうか。
 集団的自衛権行使の例として示された6類型は従来の個別的自衛権での対処が可能なものが多い。現実的にあり得ない仮想現実を国民にすり込み、勇ましい言葉で集団的自衛権行使の必要性を説く手法は欺瞞(ぎまん)に満ちている。

攻撃対象になる沖縄

 会見で首相が用いたパネルの日本地図には、なぜか沖縄だけが抜け落ちていた。集団的自衛権の行使は米国の軍事行動との連携が念頭にある。もし行使されれば、本土から遠く、米軍基地と米兵が集中する遠隔地の沖縄が攻撃対象になる危険性が高まるだろう。
 1982年に起きたフォークランド紛争で、支持率低迷にあえいでいたサッチャー首相はアルゼンチンの侵攻に対抗して、遠く離れた領土を守る戦争に踏み切った。
 英本国には影響が乏しい「遠隔地の戦争」はナショナリズムを高揚して支持率を押し上げた。安倍氏が2004年にイギリスに送った腹心議員らの視察団は「フォークランド紛争を機に英国民が誇りを取り戻し、『自虐偏向教科書の是正』などの改革へ続いた」と評価する報告書を提出していた。
 「遠隔地での戦争」を通じてサッチャー長期政権に道を開いた史実を首相が認識していないはずがない。遠隔地はどこか。中国との領有権問題を抱える沖縄の「尖閣諸島」の名が第一に挙がるはずだ。
 「他人のけんかを買って出る」(評論家の内田樹氏)集団的自衛権行使は泥沼の戦争を招きかねない。世界では抑制的な流れが顕在化しているが、日本は逆に「戦争をしたがる国」との印象を持たれよう。基地の島・沖縄から歴史に根差す反対の声を上げ、解釈改憲の愚に歯止めをかけたい。