「県外」要求削除 平和宣言に値するのか

 政治家のあしき変節は、どんなに取り繕おうとしてもはっきりした形になって表れる。慰霊の日に執り行われる沖縄全戦没者追悼式で、仲井真弘多知事は自身が読み上げる平和宣言から、米軍普天間飛行場の県外移設要求を削除する。

 「県外移設」を求めないことによって、沖縄県知事が県内移設を強いる安倍政権に対し、恭順の意を示したと全国的に受け取られることは避けられない。沖縄社会に対する誤解も増幅されるだろう。県外移設削除は二重の意味で罪深い。
 仲井真知事は選挙で掲げた「県外移設公約」を覆し、米軍普天間飛行場の代替新基地となる辺野古海域の埋め立て申請を承認した。
 しかし、知事は政府に求めている「5年以内の普天間閉鎖」に向け、「県外移設を求める立場に変わりはない」と述べ、県外移設公約を維持していると言い張っている。詭弁(きべん)そのものの論法だ。
 「県外」を堅持しているのであれば、なぜ、この年に「県外移設」の旗を降ろすのか。埋め立てを承認した自身の判断と符節を合わせるためとしか受け取れない。
 県関係者は「沖縄戦犠牲者の慰霊の場で、政治的なメッセージを強く訴えるのはふさわしくない」としている。では、なぜ、昨年まで3年連続で盛り込んだのか。何から何まで整合性を欠いている。
 世論調査では7割以上の県民が県内移設に反対している。新たな基地負担を背負うことを拒む底堅い足元の民意に背を向けた知事が、恣意(しい)的に繰り出す言説は、果たして平和宣言に値するのか。沖縄戦で犠牲になった御霊(みたま)への冒涜(ぼうとく)でしかない。
 凄惨(せいさん)な沖縄戦の体験を踏まえ、全戦没者追悼式は「不戦の誓い」を新たにしつつ、沖縄戦を原点にした基地過重負担の是正を強く促す場となっている。ハーグ陸戦法規に反して住民不在のまま米軍基地が築かれた普天間飛行場の県外移設要求は、まさに沖縄戦の追悼の場にふさわしいはずだ。
 原爆の犠牲となった広島、長崎の市長が原爆忌に出す平和宣言は核廃絶を強く求めつつ、日本政府の取り組みの弱さを正面から批判してきた。政治的メッセージを発するのは当然のことだ。
 県知事の意向で左右される平和宣言にしないためには、第三者の委員会を設けて宣言文を起草する仕組みを模索すべきだ。



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