司法取引導入 冤罪根絶の原点忘れたか


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 捜査と公判の改革を議論している法制審議会(法相の諮問機関)の特別部会が23日開かれ、法務省は検察が捜査協力を受けた見返りに容疑者の起訴を見送ることなどができる「司法取引」制度の導入などを盛り込んだ新たな試案を示した。一部委員の反対にもかかわらず、答申に盛り込まれ、法制化される見通しが強まっている。

 欧米などで採用されている司法取引は、取り調べの録音・録画(可視化)で供述が得にくくなるとして、検察や警察が導入を求めていた捜査手法の一つだ。冤罪(えんざい)を防ぐための可視化の見返りとして、捜査機関側の権力が肥大化することは本末転倒であり、到底容認できない。
 日本弁護士連合会の指摘を待つまでもなく、司法取引は捜査をかく乱するためにうその供述が出やすくなる恐れや、無実の第三者を巻き込む危険は疑いようがない。
 法制審の議論は、大阪地検特捜部の証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件がきっかけだ。うその自白の強要などによる冤罪被害を根絶するため、違法な取り調べをなくすことが原点ではなかったのか。司法取引は新たな冤罪の温床になりかねず、刑事司法改革自体をも否定することにつながると認識すべきだ。
 そもそも検察や警察の捜査手法は、自白に過度に頼り過ぎていることが冤罪を生む諸悪の根源と言っても過言ではない。現在は、街頭などに設置された防犯カメラやDNA鑑定の技術革新など捜査手法は格段に進歩している。旧来の供述偏重ではなく、科学的な手法に基づく立証にこそ尽力すべきだ。
 ましてや、司法取引を可視化の“バーター”とするのはもってのほかだ。特別部会では可視化について、特捜部などが扱う検察の独自事件で義務付ける修正試案が提示された。裁判員裁判対象事件とともに法制化の見通しという。
 裁判員裁判は全刑事裁判の約2~3%で、検察の独自捜査事件も年100件前後にとどまる。しかも検察当局は、これらの事件のほぼ全てで既に可視化を試行しており、司法取引導入はバーターにさえなり得ない。
 法制審の特別部会は夏をめどに最終結論を取りまとめる見通しだが、全面可視化に向けた議論は尽くされていない。犯行を認めないと保釈されずに勾留が続く「人質司法」についても、実効的な改善策は示されていない。今こそ冤罪根絶の原点に立ち返るべきだ。