辺野古着工 強行は構造的差別だ 民主国家なら移設断念を


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 沖縄防衛局は1日朝、名護市辺野古のキャンプ・シュワブ内で普天間飛行場代替施設建設事業の工事に着手した。前日、環境影響評価条例に基づく事業の工事着手届出書を県に提出している。

 琉球新報が4月下旬に実施した県民世論調査では73・6%が辺野古移設に反対だ。県民の大多数が「ノー」と意思表示している。こうした中で工事が強行された。
 稲嶺進名護市長も移設反対を明確に表明している。地元の民意を踏みにじって工事を強行する政府の姿勢を見ると、果たして日本は民主主義国家と言えるのかと思わずにいられない。

 銃剣とブルドーザー

 米軍は1953年以降、土地収用令を根拠に「銃剣とブルドーザー」で住民を追い出し、家屋を次々となぎ倒し、土地を強制接収して基地を拡大した。今回の着工は、民意無視という意味では60年前の蛮行とうり二つだ。米軍の施政権下での圧政と同じ強権発動が民主国家で起きている。
 新潟県の旧巻町では国策の電源開発基本計画の一環で進められていた原子力発電所の建設計画が中止に追い込まれた。住民投票で建設反対が6割を占め、建設反対派
の町長が当選を繰り返したからだ。地元の合意が得られなかったことが計画断念の最大の理由である。
 名護市も1997年に市民投票が実施され、基地受け入れ反対が過半数を超えた。建設反対を公約に掲げた稲嶺氏は既に2回当選している。旧巻町と同じく、地元の合意は得られていない。それなのに基地建設は強行される。政府は沖縄と県外で二重基準を適用している。明らかな差別だ。
 安倍晋三首相はこれまで「地元に丁寧に説明し、理解を求めながら進める」と繰り返し述べている。だが実際に取っている手法は正反対だ。1月に稲嶺氏が名護市長に当選した後、首相も外務、防衛の担当閣僚も市長を1度も訪ねていない。ケネディ駐日米大使が就任3カ月後に会談したのと対象的だ。日本政府は「丁寧に説明」どころか、対話の機会すら設けていないではないか。
 さらに政府は、海底ボーリング調査に向け、海上保安庁の船舶や人員を沖縄に派遣して周辺海域の警備に当たらせるという。シュワブ沿岸では立ち入りを常時禁止する水域を拡大した。刑事特別法を適用し、住民らの海上抗議行動を排除するのが目的だ。反対の意思表示をすれば力で封じ込める。これを「理解を求める」と称するのか。

 世界に広がる反対

 平和学の第一人者であるヨハン・ガルトゥング氏は、単に戦争がない状態を「消極的平和」と規定する。人々や社会の安全を脅かす抑圧や差別などの不正義を「構造的暴力」と称し、それがない状態を「積極的平和」と呼ぶ。
 同氏は、基地の過重負担を強いられる沖縄について「構造的暴力の下に置かれている」と指摘した。移設工事の強行はまさに「構造的暴力」だ。それを実行する安倍首相が「積極的平和主義」と称するとは、倒錯そのものだ。
 そのガルトゥング氏も名を連ねた海外識者による米軍普天間飛行場即時返還と辺野古新基地建設反対の声明には、1万1700人余が賛同の署名を寄せている。移設反対の声が世界に広がっていることを日米両政府は直視すべきだ。
 工事の強行を可能にしたのは、昨年末に仲井真弘多知事が埋め立て申請を承認したためだ。それでいて知事は今も「県外移設の公約は捨てていない」とうそぶく。誰が見ても理解できない詭弁を続けるのは茶番でしかない。
 環境省の有識者会議は日本の排他的経済水域(EEZ)内で生物学や生態学の観点から重要な場所を「重要海域」に選定した。辺野古沖も含まれる。この海を埋め立てるのは海の生物多様性を保全する国際的な流れにも逆行する。
 この国が真の民主主義国なら、工事を即座に中止し、辺野古移設を断念するほか道はない。