<社説>秘密保護法 欠陥法施行は許されない

 かねて指摘されたいくつもの欠陥はほとんど解消されていない。特定秘密保護法の運用基準案のことだ。このまま法が施行されると国民主権は吹き飛んでしまう。

 政府は同法を12月10日に施行する方針を示した。秘密の指定や解除の在り方を定める運用基準を10月10日に閣議決定するという。
 秘密保護法をめぐっては「何が秘密か、それが秘密」と言われる。国民を行政情報から遠ざけ、官僚専制国家を可能にするこの法の本質を言い当てているが、運用基準案はこうした本質的欠陥を残したままだ。国民主権を保障できる仕組みに変えない限り、法施行は延期すべきだ。
 政府は同法の運用基準素案を7月に示し、7月24日から1カ月、パブリックコメント(意見公募)を実施した。2万3千件を超える異例の多さだったが、政府は賛否の集計を見送った。「秘密保護法への意見も秘密」というわけだ。施行反対が大多数だったから、と疑われても仕方あるまい。
 9月にはその素案を27カ所改めた修正案を提示したが、枝葉末節ばかりの微修正にとどまった。
 例えば、政府が恣意(しい)的に秘密指定できる仕組みはそのままだ。確かに基準案は秘密に該当する事項を別表の細目などで示している。「わが国の安全に重大な影響を与えるものに限る」とあるが、何が重大なのか具体性を欠く。秘匿の必要性も「安全保障に著しい支障を与える恐れ」と定めるだけだ。だから、露見したら国民から批判を浴びそうな事柄も、政治家や官僚が「安全に支障がある」と言えば、そのまま秘密になってしまう。
 秘密指定が妥当か点検する監視機関も官僚ばかりで、民間人は入らない見通しという。第三者が一人もいない機関が「監視」とは、言葉の使い方として間違っている。
 しかも、秘密指定したまま情報を廃棄できる仕組みもそのままだ。だから密約も闇から闇に葬ることができる。公益通報を秘密保護法の罰則の対象外とする明確な免責基準もない。これでは正義感にかられて政府内部から告発する人がいたとしても、上層部が恣意的に処分できてしまう。まるで中世の暗黒社会だ。
 政府は公募した意見を十分考慮して修正案をつくったというが、恣意性という本質的問題を解消しないで十分な考慮といえるはずがない。こんな基準での施行は到底許されない。