<社説>邦人殺害声明 卑劣なテロを許すな 今こそ平和国家の決意を


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 解放を祈る人々の思いは無視された。卑劣極まりない蛮行であり、激しい憤りを覚える。

 中東の過激派「イスラム国」を名乗る組織が、人質にした仙台市出身のジャーナリスト後藤健二さん(47)を殺害したとの映像声明をインターネット上で公開した。
 ネット上などでは「I AM KENJI(私は健二)」と後藤さんとの連帯を示し、解放を訴える運動がイスラム教徒を含む世界各国に広がっていた。世界中の人々の願いを踏みにじり、罪なき市民の命を奪う残虐非道なテロは絶対に正当化できない。

 邦人保護に全力を

 犯人側が最初の映像声明で日本人2人の殺害を予告し身代金2億ドル(約235億円)を支払うよう要求したのは1月20日。24日には千葉市の湯川遥菜さん(42)を殺害したとの画像を公表した。
 その後、犯人側は身代金要求を取り下げ、ヨルダンで収監中のイラク人女性死刑囚の釈放を求めるなど事態は二転三転。日本政府はヨルダン政府を通して後藤さんの解放を働き掛けたが、犯人側に翻弄(ほんろう)された感は否めず、最悪の展開を迎えたことは痛恨の極みだ。
 犯人側は後藤さん殺害の声明の中で、日本が「邪悪な有志国連合」と共に、イスラム国との「勝ち目のない戦い」に参加したとして、今後もあらゆる場所で日本人を殺すと脅迫した。日本政府は海外の日本人や日系企業の安全確保に全力を挙げる必要がある。
 同時に、大変残念なことだが、日本人の一人一人が今回の事態を重く受け止め、現実を直視せねばならないだろう。
 繰り返すが、イスラム国側の身勝手極まりない主張は、国際社会の理解を決して得られない。卑劣なテロや暴力はいかなる理由があれ許されることはなく、今後も国際社会と協調しイスラム国に対する圧力を強める必要がある。
 ただ一方で事件は、日本政府が今後イスラム国などの過激派組織にどう対峙(たいじ)していくかという重い課題を突き付けた。日本政府の中東外交戦略も問われよう。
 犯行グループは今回の事件について、中東歴訪中だった安倍晋三首相がエジプトでの演説で表明した「イスラム国と戦う周辺各国」への2億ドルの支援を理由に挙げた。首相の表明に関して、日本政府は「難民支援など非軍事分野の貢献だ」と理解を求めたが、その訴えは犯人側には通じなかったと言わざるを得ない。

 首相表明の検証必要

 イスラム国はイラクとシリアに至る地域を支配する。内戦が続くシリアでは欧米のほとんどが大使館を撤収し、日本も3年前に閉鎖した。情報収集も困難な中、政府は救出に当たったが、さまざまな観点から検証が必要だ。
 湯川さんが行方不明になったのは昨年8月、後藤さんは10月だ。政府はその事実をどう把握し、水面下の接触はあったのか。
 2人が拘束された中での首相の中東訪問と2億ドルの支援表明は、テロへの毅然(きぜん)とした姿勢を示した一方、犯人側を刺激した可能性は否めない。結果的に事件の口実に使われた。事件発覚後の首相会見がイスラエル国旗の隣で行われたことも影響したとの主張もある。
 気掛かりなのは「親日」とされた中東諸国の評価が急変しているとの指摘だ。「米国の世界戦略に寄り添い、米主導の戦争への協力やイスラエルとの関係強化を進める日本に対するまなざしが急速に冷ややかになりつつある」(栗田禎子千葉大教授)ことは深刻だ。
 安倍首相は「積極的平和主義」を掲げ、集団的自衛権の行使容認に踏みだした。それが中東からも米国追従と目され、過激派組織などに攻撃の理由を与えるようなことがあるとすれば放置できない。
 事件を糾弾し、イスラム国包囲を国際社会と協調して進めていく一方で、戦後70年の平和国家としての歩みを見詰め直し、中東諸国に粘り強く日本への理解を求めていく努力が今こそ必要だ。