<社説>施政方針演説 沖縄の人権 尊重せよ 虚言に等しい外交政策


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 表向きの美辞麗句と実際に進めようとしていることとが、これほど乖離(かいり)している演説というのも珍しい。いや、乖離どころか正反対と称してもいい。

 安倍晋三首相が昨年末の総選挙後、初の施政方針演説を行った。実態と異なる空疎な内容は、不誠実のそしりを免れまい。政権が実行しようとすることに自信があるなら、内容を正確に反映した言葉で説明すべきだ。
 野党のふがいなさも指摘されて久しい。実際との極端な乖離に反論できなければ、何のための野党か、存在価値を疑われよう。

非正規拡大政策

 現実の政策との乖離が最も目立ったのは「女性が輝く社会」「若者の活躍」を掲げたくだりだ。「全ての女性が生き方に自信と誇りを持ち、輝くことができる社会を」「若者には能力を思う存分発揮してほしい」とうたった。
 だが政権は今国会に、昨年の臨時国会で廃案になった労働者派遣法改正案を再提出する。現行3年となっている派遣期間の上限を撤廃し、「一生派遣」を可能にする法案だ。派遣社員を使い続けられるから正社員の直接雇用が置き換えられると危ぶまれている。事実、上限を撤廃したドイツでは派遣労働者が急増した。
 現状でも働く女性の過半数が非正規だ。若年層の非正規の多さも社会保障の破綻を招きかねない「時限爆弾」と称される。この非正規を拡大する政策が「女性が輝く」「若者が能力を発揮する」社会をつくるといえるだろうか。
 政府は労働基準法も改正し、ホワイトカラー・エグゼンプション、いわゆる「残業代ゼロ制度」を実施する構えだ。「解雇特区」の設定にも意欲を示している。
 働く環境を過酷にし、不安定にする「改革」で、国民の不安は増す。消費はさらに萎縮しかねない。どんな思考回路なら、これで「経済の好循環を継続」と口にできるのだろう。
 演説では「子どもたちの未来が家庭の経済事情によって左右されてはならない」とも述べた。だが非正規拡大や「解雇特区」を志向する政策こそが、子どもの貧困を増大させるのではないか。
 演説は農協改革にも言及した。「農家の所得を増やすための改革」と言うが、環太平洋連携協定(TPP)締結をひたすら準備するための改革だったことは明らかだ。TPP導入は「耕作放棄地の解消」どころか、耕作放棄拡大を招くとみるのが自然だ。ここでも空疎な言葉が躍っている。

「対話のドア」いずこ

 演説中、外交・安全保障の項目に至っては、虚言もここに極まれりと言うべき内容だった。
 大差で当選した翁長雄志知事が上京しても、首相はおろか「沖縄基地負担軽減担当相」たる官房長官、外相、防衛相の誰一人会おうとしない政権だ。これで「引き続き沖縄の方々の理解を得る努力を続ける」とは、聞いてあきれる。
 韓国とは「対話のドアは常にオープン」と言う。沖縄への態度に照らして、恥ずかしくないか。
 首相はまた「自由や民主主義、法の支配、基本的人権といった基本的価値を共有する国々と連携」するとうたった。
 だが辺野古移設は、地元の市長選で移設反対派が再選され、反対派が市議会の多数を占め、知事選も圧勝し、総選挙では移設容認派が選挙区で全滅した。民主主義に基づくあらゆる手段で示された移設反対の民意を、政権は完全に無視して移設作業を強行している。
 政府が命じた結果、海上保安庁や警察の暴力的警備で市民にけが人が続出し、命さえ危ぶまれている。基本的人権どころではない。
 この政権は、沖縄とは「民主主義や人権を共有」していない。それでいて「基本的価値を共有」などと、よく言えたものだ。
 「日本は変えられる」とも首相は述べた。その通り。沖縄に民主主義と人権を適用しないゆがんだ政策こそ真っ先に変えるべきだ。