<南風>台湾がつないでくれた縁


社会
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 岡山県美咲町に住む大学時代の友人・丸口哲裕さん(67)が、7年ぶりに奥さんのミサエさんと福島に来た。自家用車で。「東日本・津波・原発事故大震災」から8年経った福島の現状を知りたいとの思いで。

 訪問の目的は、もう一つあった。丸口さんが言った。「台湾の友人から福島への支援金を預かってきた。寄贈先を紹介してほしい」と。金額は10万円。私は、南相馬市の「絆診療所」と「福興浜団」を推薦し、その活動内容を説明し了承を得た。

 絆診療所は、院長の遠藤清次先生(62)が震災翌年の5月に仮設住宅の一角に私財を投じて開設したプレハブの診療所。「仮設住宅から孤独死を出さない」がコンセプト。現在は近くに医療機器を充実させた新絆診療所をオープンさせ、避難者だけでなく地域医療にも貢献している。

 南相馬市萱浜(かいはま)の上野敬幸さん(46)は、津波で両親と長女(8歳)・長男(3歳)の家族4人を失った。父と長男は今も行方不明。萱浜は77人が犠牲になった。悲しみの地萱浜に笑顔を取り戻そうと、上野さんは福興浜団を立ち上げ、春は菜の花迷路を作り、夏は追悼の花火を打ち上げている。

 丸口さんが言った。「この支援金は、台湾の台北に住む荘伯勝(そうはくしょう)さん(67)から預かったもの。3カ月間のピースボートクルーズで荘さんと出会い友達になった。彼は親日家で、日本語の勉強を欠かさなかった。そんな荘さんが、船の上で迎えた今年3月11日、私に10万円を手渡して言った。『福島の復興のために役立ててほしい』。そして、日本語で書いた手紙を私に手渡した。『日本が台湾に教えてくれたのはルールや法律を守ることの重要性。日本は、戸籍制度、鉄道、義務教育を導入。これからも、台湾と日本の交友関係が長く続くことを願っている』」。丸口夫婦は自らも3万円を遠藤先生と上野さんに渡した。
(大和田新、フリーアナウンサー)