<南風>のぼり坂を走る。


社会
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 36歳のとき、なはマラソンに申し込んだ。秋に初めて走ったら300メートルで息が上がり、落ち込んだ。でも諦めず、ウオーキングの人を追い抜かずに走るという独自のトレーニングを重ね、距離を伸ばし、歩く人よりは早く走れるようになり、棄権者の搬送バスには絶対乗らないという固い決意で本番を迎えた。

 スタートの号砲に誰も走らず動揺したけど、数万人規模の市民マラソンはそういうものらしい。ゆったり列が動き、スタートラインを蹴るのは20分ほど後だ。

 平和祈念公園に向かう長い坂で、後ろから大きな掛け声が聞こえた。頑丈な若い男の人たちが隊列を組んで統率の取れた掛け声を響かせながら来る。軍隊みたいだ。そして私を抜かしていった。並んだ背中を見て自衛隊だと思った。頭にきた。沖縄で徒党を組んで、市民のスポーツの場で軍隊のような大きな声を出して走っている。沿道にはお年寄りもいるのに。

 身体はよれよれでも職業柄声は出るので、列の後ろに追いついて言った。「みんな自分のペースで走ってるんで、声、やめてください。迷惑です」。その青年はとても驚いていた。「迷惑ですか?」「はい。迷惑です、やめてください」。掛け声は続き、3度言って、彼はやっと前の方の人に伝え、しばらくして黙った。

 あとで調べたら、それは警察学校の若者たちで、元気な声が風物詩になっているとも書いてあった。それでも、集団になって走られるのはやっぱり嫌だ。

 沖縄は戦争の記憶が強くあり、軍隊的なものへの忌避感が強い。かつて自衛隊員は成人式に参列できなかった。沖縄の新聞は自衛隊の募集広告を出さなかった。戦争の過去はなくならないけど、今は迷彩服の自衛隊員がスクーターに乗ってツタヤに行く。高校3年生のいる家に、隊員募集の案内が郵送で届く。
(上田真弓 俳優、演出家)