<南風>静寂の先


社会
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 「心に沁(し)み入る歌声」とは、私にとってこの人を置いて他にない。沖縄民謡歌手の古謝美佐子さん。

 初めて沖縄を訪れたのは、2003年3月20日。那覇空港に降りると、テレビ画面に多くの人が見入っていた。ブッシュ政権のアメリカが、イラク攻撃を開始したという速報だった。

 訪沖の目的は、阿波根昌鴻さんの足跡がある伊江島だったが、1日だけ沖縄本島を回る機会に恵まれた。見ておきたかった場所の一つが嘉手納基地。爆音にさらされる生活の一端に触れたいと、「安保の見える丘」に立った。ところが、基地内で軍機が離発着する動きはなく、爆音を一度も聞かないままその場を離れた。

 3日前から始まったイラク攻撃との関連はわからない。しかし、遠い地での戦争を支える根元がここにあるのは確かで、静寂の先に戦火に鳴り響く爆撃音を想像できることが恐ろしかった。

 他に「平和の礎」と「チビチリガマ」を、短時間ながら巡った。神戸に戻った私は、からだに被膜ができたかのように外界から遮断された。音という音の一切を受けつけられなかった。唯一届いたのが、古謝さんの歌声だった。ウチナーグチを全く解さなかった私には、言葉を超えた、あるいは音楽という領域をも超えた何かだった。人を癒す彼女の歌声の底には、生まれ育った嘉手納の爆音とその先にあるものが沈殿しているのかもしれない。

 沖縄には、たった5日間の訪問者だった私を鬱(うつ)状態に追い込むほどの過酷な過去と現状がある一方で、それに打ち勝つ力を培う文化と思想の土壌がある。沖縄から学んだ最初のものが、「あきらめない」である。

 22日、神戸で開催された首里城再建支援コンサートの会場に、古謝さんの歌声が響いた。静寂の先に、穏やかな生活音だけが流れる日が、見える気がした。

(門野里栄子、大学非常勤講師)