<南風>「わからない」の信頼性


社会
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 私が一番信頼できない人は、「まったく迷いがない人」だ。自分が正しいと信じることに突き進む人は、うさん臭いと思ってしまう。なぜなら、そこには他者が入り込む余地がないからだ。自己というものが他者との関係の中から浮かび上がってくるものならば、他者を抱えていない自己は架空にすぎない。

 2009年3月に、渡嘉敷島と座間味島を訪れた。その頃、「集団自決(強制集団死)」に関わる裁判において、「軍命の有無」が争点になっていた。退職後に平和ガイドを始めて3年になる男性は、「聞き取りをすればするほど、わからなくなってきた」と語ってくれた。

 戦後生まれで沖縄戦を知らない彼は、当初「戦闘状況の中で当たり前のように自決していった」という程度の認識だった。しかし聞き取りを重ねていくほど、細かいことから周知の事実に至るまで、ズレや矛盾に行き当たる。40年経って記憶違いが判明した場に、居合わせたこともあった。

 しかしながら、聞き取りと文献研究を重ねていくうちに、「玉砕命令」はあったと確信する。そして平和ガイドとしての語り方が変わってきたという。

 聞き取ったままを話すわけにはいかなくなってきた。なぜそのような行動を起こして死んでいったのかという背景や構造についてしか話せない。3月25日に隊長命令があったかどうかはよくわからないが、全体として間違いなく「玉砕命令」はあったと言える。

 「わからなくなる」ことは「真実」から遠ざかることではない。これまでの理解の枠組みが解体され、新たな謎がさらなる解明へと向かわせる。尽きることのない証言、終わることのない聞き取りは、永遠に解明されない謎になるかもしれない。しかし、探求し続けることが、「集団自決」とは何だったのかを後世の者たちが考える場を用意する。
(門野里栄子、大学非常勤講師)