<南風>選択と決断


社会
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 義母は読谷に住んでいる。先日、定年退職を迎えた。働きながら3人の子どもたちを育てた優しいお義母さんだ。まだ定年退職の年齢。若さに驚く。目にいっぱいの涙を浮かべているお義母さんの写真が携帯に届いた。義父が撮影したものだ。今の私があるのは、義母や義父が選択と決断を繰り返しながら、大切に夫を育ててくださったから。感謝の気持ちでいっぱいだ。今回は私の「選択と決断をする力」の基礎を育んでくださった先生のことを書きたい。

 「先生試験に落ちたから、また頑張るよ」。小学6年の時に大好きだった担任で元野先生という人がいた。先生は外国の日本人学校で働きたいという夢をもっていた。その試験に一度落ちても、あきらめずに再チャレンジしている時期だった。「今日はどんな日になるのだろう」。先生のクラスになり学校に行く毎日が楽しかった。なかでも毎朝その日の気分で好きな席を決めていいという方針を立てたのは高校までの学校生活で唯一の先生だった。

 ワクワクした。「変化に強い」「変化を楽しむ」私になっていた。「選択と決断」の連続で、「自由な席」が「不自由」に変わったりもした。隣に座る子に嫌がられたらどうしよう。前の席に座ったけど緊張する。「選ぶ」「決める」が時に疲れることもあった。いろいろな感情も味わった。おかげで私は「選択」の楽しさと勇気、「決断」したことの誇りと後悔、そして次の目標を立てる希望を知る。

 元野先生も定年退職を迎えたそうだ。会社に先生からはがきが届いていた。30年も前の生徒に定年を知らせてくださることに感動すると同時にとても寂しくなった。「頑張れ」と応援するのではなく、自身の頑張る姿を見せることで「頑張り方」を教えていただいた。義母にも先生にも乾杯。
(玉城恭子、HaNaCoLi代表取締役)