<南風>遠い世界


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 西オーストラリア州で家庭医(GPと呼ばれている)として働いている。

 異国で医師として生きていくのはなかなか厳しいものがあったが、10年近い救急部と内科病棟での仕事を経て、ようやくGPの資格を得たのが昨年。慣れて来たかと思った矢先、オーストラリアにもコロナがやってきた。

 特に3月から5月にかけての3カ月は神経をすり減らした。普段なら握手をして患者さんを診察室に迎え入れるのだが、その習慣はまたたく間に消えた。ワイシャツにスラックスに黒靴という男性GPの一般的な服装(こちらでは誰も白衣を着ない)が、消毒や洗濯のしやすさを考えて、救急医が身に着けるスクラブに変えた。同僚も皆そうだ。

 発熱や呼吸器症状のある患者さんは、マスク・ゴーグル・手袋・ガウンの出で立ちで駐車場に行って診察。家に帰ったら、着ているものをすべて熱湯消毒、そしてシャワーに直行。自宅に持ち込むわけにはいけない、家族をリスクに晒(さら)すわけにはいけない、とまあ大変なストレスだった。どの国の医師も同じ大変さを抱えているはずだ。

 しかし現在、ここ西オーストラリア州は、2カ月以上の厳しいロックダウンのおかげもあって、非常に落ち着いている。新規患者数はほぼゼロで、いま住んでいる地域に関しては以前の生活が戻って来たように思える。しかし、国境は閉じたままだし、他州への行き来も厳しく制限されている。息子は東側の州にあるシドニーで働いているが、まだ当分会えないだろう。

 残念ながら、これを書いている7月中旬、メルボルンで感染者数の増加が伝えられている。第2波の可能性もあると。

 どこにも行けない。オーストラリアが以前にも増して広く感じる。世界中の国々もまた、ずいぶんと遠くなってしまった。
(山内肇、オーストラリア在住家庭医)