<南風>シリコンバレーに渡る


社会
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 私の発想力には2人の天才の影響がある。一人は坂井直樹氏。2度のイノベーションを起こした。一つはタトューTシャツ。1960年代にこのアイデアを得て京都芸大を中退、アメリカで起業。Tシャツは大ヒット、デザイナー山本耀司がパクったほどだ。二つ目は日産Be―1。80年代、四角い昭和カー全盛期に丸くかわいいBe―1は世界的ヒットとなる。

 今は慶応大で教授をやっており、私はイベントで会って以来2年間追い回した。仕事をタダで手伝う傍ら、ひたすらプロダクトデザインについて議論。彼は直感力(右脳)の天才だ。

 一方、私の論理力(左脳)を鍛えてくれた天才は濱口秀司氏。松下時代にUSBメモリーを発明、その実力を買われ世界屈指のデザインファームZibaのディレクターとして活躍。彼も2年間追い回し、移動中のタクシーに同乗して議論したこともある。始めは、その論理展開スピードに全く追いつけなかったが、今では互角に議論ができる。

 濱口さんはサイボウズ創業者の高須賀さんのご紹介。セブン&ワイで3年修行後、独立しITコンサルティングで稼ぎながら起業準備を進める中、手伝っていたベンチャーに彼が来た。当時、彼はサイボウズの株を全て手放し、松下時代の同僚、濱口さんとアメリカで10億円投じて起業していた。私は何度も渡米し、彼から決定的なアドバイスをもらう。「日本からグローバルテックベンチャーは作れない。本気で作りたいならアメリカで起業しろ」

 サイボウズでマイクロソフトと戦った彼の言葉は説得力があった。程なくして、東京を東日本大震災が襲う。日本投資家のアコギな態度に不満を覚えていた私を含む起業家たちは、東京を捨てシリコンバレーに渡る。ときに2011年。現地での洗礼は、私の想像をはるかに超えていた。
(仲津正朗、OIST アントレプレナー・イン・レジデンス)