<南風>依存症者の回復と家族


社会
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 昨年10月、私は浦添市で依存症に特化したグループホーム(入所施設)を開所した。

 同じ苦しみを抱える人たちで支えあって回復できる場所にしたい、そんな思いでスタートさせた施設であったが思った以上に反響があった。依存症当事者からではない。多くは母親、妻、子供などの家族である。

 アルコール、ギャンブル、処方薬など種類は違えど「依存問題」によって心身や生活、人間関係が破綻しつつある当事者を抱えて長年苦しんでいる人々だ。

 「何年も入退院を繰り返しているが、一向に治らない」と改善されない現状に失望し、強く入所を望んで来所する。しかし当の本人は「自分一人でやめられるから大丈夫」「自分は依存症じゃない」と否定するのだから入所の壁は高い。

 依存症は「否認の病」と言われている。依存症者にとって「(依存対象に対して)コントロールできない。自分の意思ではやめられない」と認めることはこの上なく難しい。「治療に取り組む=依存行為をやめる」ことを意味するからだ。

 彼らにとって依存行為は、誰にも本音を語れず、弱みを見せられない中で見つけた、孤独な自分を助けてくれる唯一裏切らない逃げ場であり、救いであり、心のよりどころなのだ。たとえ客観的には愚かなことだとしても当事者はそれを松葉づえ代わりにして、ようやく歩いているのである。

 依存行為をやめてほしい家族と、依存行為なしでは生きていけない依存症者は、お互いに自分の苦しみを理解してほしいと願いながら泥沼の攻防戦を続け、疲弊していく。そんな中、勇気を持って助けを求め、一歩を踏み出した家族が支援の手にたどり着く。その苦しみに耳を傾け、悩みに寄り添い、「回復はある」という希望とともに歩きたい。

(上原拓未、レジリエンスラボ代表 精神保健福祉士)