<南風>今そこにある危険


社会
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 その日も普段と変わらない一日のはずであった。当時経営していた輸入雑貨店の仕事で、東南アジアの市場の店舗を訪れていた。仕入れの商談を済ませ、商品代金の支払いのため、歩いて3分ほどの銀行前に設置された現金支払機に行った。カードでお金を引き出し、肩掛けバッグに入れて歩き出した。市場の小さな路地は急に混みだし、大勢の人に囲まれ、身動きが取れなくなった。ほんの数メートルほどだった。

 取引先に到着し商品代金を払おうとしたが、バッグに下ろしたばかりの現金がない。車のシートベルトと同じ素材で作られた丈夫なバッグの横側はバッサリと切り裂かれ、中に光が差し込んでいた。そのバッグを見た取引先のスタッフは血の気を失い、「切られたのに気付かなくて良かった」と言った。「あなたの体が切られていたら取り返しがつかなかった」と。確かに相当鋭利な刃物でなければこんな状態にはならないであろう。現金は盗まれたが、幸いパスポートは無事だった。

 すぐに盗難の手続き処理をしたが、とても悔しくて腹が立った! 犯人はお金を引き出した所から狙っていたのであろう。どんな犯人か確かめたくて次の日も同じ銀行に行った。下ろした現金をバッグに入れてさっと周りを見渡した。明らかに自分を見ている鋭い目付きの人々と目が合った。見られている。しばらくこちらから見ていると彼らは人混みに消えた。また自分を狙っているのだ。周囲の人が怪しく思えてきて疑心暗鬼になった。身の危険を感じ、明るく大きな道を選んでホテルまで慎重に帰った。

 銀行の店頭でカードを入れてお金を引き出す、日本で当たり前の習慣を海外で警戒心もなくやってしまったことを反省した。危険なことはいつでも起きるのだと思い知らされた。

(根間辰哉、空想「標本箱」作家)