<南風>自己責任ではない


社会
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 昨年の春先に知り合った若いお母さんの話です。

 末っ子乳児の預け先がやっと見つかり仕事を始めようとした矢先、急に休校となった。子ども達をみるため働けなくなった。父親は新型コロナウイルスの影響で仕事がほとんどなくなり、収入が激減した。ランチサポートを知った彼女が自分で問い合わせてきてくれた。

 社会福祉協議会への相談に同行したが、毎月のお金の出入りをしっかり把握していて無駄遣いもない。コロナ禍の前から働けど楽にならない生活がうかがえた。公的・民間の両方のサポートも受けながら休校期間を乗り越え、彼女も仕事を始めて夏の終わり頃には生活を立て直した。

 半年ほど連絡がなく元気だといいなと思っていたら「家庭内感染で全員がコロナにかかってしまい、無症状・軽症だけど自宅療養で買い物にも行けない。お金もないし食料品が尽きそう」と連絡が入った。大急ぎで食料品や日用品を買いそろえ玄関先に届けてきた。

 新型コロナにかかって治るまでの間、短くても数週間は仕事を休まざるを得ない。さらにやっとコロナから回復したところに二度目の休校で、また仕事に行けない。仕事に行けないイコール収入が途絶える。もともと貯金をするほどの余裕はないから収入がなくなると途端に食べるのにも困るようになってしまう。

 沖縄で生活困窮者が多いのが「自己責任」だという人たちがいる。でも彼女の努力が足りないなんて到底思えない。限界まで頑張っている。同様に生活に苦しんでいる人たちが日本中にいる。コロナ禍が始まって1年以上が経つのに、支援が少なすぎる。

 明日食べるものに困ることは決してない人たちが日本の仕組みを決めている。この現状が分かっているのだろうか。あまりにも想像力が足りない。
(富田杏理、おとなワンサード代表)