<南風>父と私の記念日


社会
この記事を書いた人 Avatar photo 琉球新報社

 2011年、余白の美を生かした独自のスタイルで、フラワーアーティストとして歩みだしてから今月22日に弊社は創業10周年を迎える。たくさんの皆さまに支えられ、小さいながらもこの一つの節目を迎えることができ感謝の気持ちでいっぱいだ。

 会社をスタートさせた当初、生け花をベースにしたオリジナルメソッドのフラワースタイルは、なかなか認知してもらえずイベントの集客もうまくいかなかった。それでも諦めず、自分らしさを貫き歩むことをやめなかった。もがきながらもその先にある自分の可能性を信じたかったから。本当にやりたいことがあれば、たとえ失敗しても、何度でもチャレンジを続ければいいのだと。

 30代後半で母親をしながらの起業は、周りの友人や知人から「本当に大丈夫なの?」と多く反対された。本来は周りからの忠告に、左右され前進できないタイプだった。そんな私の背中を押してくれたのは、どんな時でも全力で人生を生きた父の影響がある。

 石原裕次郎とタバコ、そして何よりも自由を愛した父。人が良すぎて「だまされているのでは?」と心配になることもあった。弱きを助け、遊びも仕事も全力で人生を謳歌(おうか)する姿は、とても頼もしく憧れの存在だった。喫煙が原因で肺を患うことになってしまったが、体調が悪い中でも病室に花を持っていくと必ず笑顔を見せてくれ「好きなことをして生きろ」と、天国に旅立つその瞬間まで大切な言葉と、生き方を見せてくれた。

 自由を選択するということは、好き放題するということではなく、自身に責任を持って、信じてくれた人たちへ想(おも)いを返していくこと。弊社のコンセプトでもある「花の力で人生にかけがえのない瞬間を届ける」という思いを胸に、次のステージへ進んでいけたらと思う。
(宮平亜矢子、フラワーアーティスト)