<南風>本当の幸せとは何か


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 チェルノブイリ原発より30キロ圏内に暮らすサマショールと呼ばれる人々がいます。当時のソ連政府から強制移住を言い渡された人々は、住み慣れた村を離れ難く、事故発生から1年ほどして違法滞在と知りながら帰還しました。2000年頃、ウクライナ政府より居住権を認められました。私が足しげく通う村は意外なほど線量が低く毎時0・06マイクロシーベルト、森で毎時0・09マイクロシーベルト。

 私が調査を続けている30キロ圏外の高濃度汚染地域であるナロージチ地区、フリスチーニウカ村は緊急避難地域の森が隣接しています。原発から60キロ超の森は、今でも高いところで毎時4マイクロシーベルトを超えています。
 福島と異なり、原子炉燃料が拡散したため汚染が非常にまばらであることに驚かされます。問題はそれだけではありません。本来住むべき土地を奪われ、それでも自分の生まれ育ったところ以上に良い場所などないと言っていたお年寄りたちですが、雪で足を取られて大腿(だいたい)骨を折った人は自由を奪われ、毎日、死にたいと泣いています。また、骨折が原因で寝た切りになった母親を痴呆が襲い、遠く離れた場所から母親の介護に来ている初老の男性は疲れ果てています。弟は電話を取らず、彼の家族も助けにきません。彼が一人で介護を続け、老いた母の最後をみとるまで自宅には戻れない、と言っています。
 本当に、これが幸せなのか、終の住み処(か)とは何かを考えさせられます。いま、福島も帰還準備区域を解除して帰還を進める動きが加速しています。しかし、若者の大半が帰ってきません。お年寄りの一部が帰還するのみですが、ぽつんぽつんとしか灯がともらない住宅に寂しさを募らせ、老人たちは応急仮設住宅と自宅を行き来します。25年後の将来、福島のお年寄りもサマショールのような生活になるかもしれません。本当の幸せとは何かを考えさせられます。
(木村真三、放射線衛生学者)