<南風>私はだいじょうぶ教の教祖です


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 1月に104歳で亡くなった、仲尾次(なかおし)の渡名喜長栄(となきちょうえい)さんは、私の心のアイドルでした。長者の大主の「ディキタ、ディキタ」がご機嫌なときの口癖。畑を耕し、米を作り、子どもの悪さを「ほう、壊し上手だ」と見る人でした。「お母さんはマリア様のようだ」と、先に旅立った妻のカメさんを慈しみ、最期まで離さなかった三線に、人の誠を歌い続けた人でした。

 長栄さんの9人兄姉弟妹(きょうだい)の長女、渡名喜一江(かずえ)さんが今回の主人公です。一江さんはすっごい美人ですが、自分のことを「アーポンポン」と言います。これはアンポンタンの一江語と思われ、その言葉通り物忘れ、勘違い、怪しい行動など何でもござれ。一度など、車の後部ドアを開けたまま運転していたことがあるそうです。こんなふうに周りに自信と笑いを与えてくれる一江ねぇねぇです。

 家族が多いと、その分、山も谷も多いもの。一江さんは渡名喜家(となちやー)の真ん中にふんわり座って、山の輝きに拍手し、谷の嵐の防波堤たらんとしてきました。悩みを抱えた家族がいれば「大丈夫、ダイジョーブ!あんたはこんなに素敵(すてき)なんだから絶対大丈夫に決まってる!カズねぇはだいじょうぶ教の教祖様なんだから、私を信じなさい!」と、心をしっかり抱きしめました。

 渡名喜家の広い縁側に座ると、「壊し上手だ」という長栄さんの声、穏やかに見つめるカメさんの笑顔が庭の花々に滲(にじ)んでいるのを感じます。積み上げてきた平凡な日々から湧き出る、清廉な水の流れ。「だいじょうぶ教」の源には人の誠が咲きこぼれていました。

 「私はね『星の王子様』の『大事なものは目には見えない』という言葉が大好き。目に見えない大事なものを生きていくのが生きがい」

 アーポンポンの教祖様。ハラハラするけど、信者でいれて最高に幸せです。
(石野裕子、今帰仁村歴史文化センター館長)