<南風>再考、近代オリンピック


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 私はオリンピックが嫌いです。正確に言えば、嫌いになりました。今年のオリンピックで日本は近年まれに見るメダルラッシュに沸きました。パラリンピックまで、4年に一度の祭典は1カ月以上も続きました。

 しかし、こうした中で高江のヘリパッド建設は進み、沖縄関係予算は辺野古の米軍基地移設が解決されない限り、減らされるという脅しが続いています。

 福島でも、原発から20キロ圏を含む南相馬市小高(おだか)区が避難解除され、粛々と帰還政策が進んでいます。環境省は、8000ベクレル/キロを下回る汚染土壌を盛り土などに再利用する計画を進めていますが、原子炉等規制法では、再利用できるのは100ベクレル/キロを下回るものだけです。まさに二重基準となっているのです。

 事故当時18歳以下だった福島県民に対する甲状腺検査で、悪性もしくは悪性の疑いがある方は約30万人中176人となりました。県民への危機感をあおることは避けるべきとの考えから、福島県小児科医会は調査の規模縮小を含めた見直し案を提出しました。

 オリンピック報道の陰に隠れ、こうした出来事が全国で大きく報じられることはありません。本当にわれわれが行動するためには、真実を伝えること、知ることが必要です。

 選手や関係者が悪いのではなく、近代オリンピックが国家の威信を鼓舞する道具となったり、商業主義に走ったりすることを考えると、テレビの前でドキドキしながら日本選手を応援していた子どもの頃の思いに戻ることはできません。

 2020年、2回目の東京五輪が催されます。この機に乗じて、高江のヘリパッド建設や辺野古への基地移転、福島第一原発事故、全ての問題がなかったことにされるかもしれません。危機感を共有しなければ、沖縄も福島も全国から忘れ去られてしまいます。
(木村真三、放射線衛生学者)