<南風>誰が暴走を止めるか


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 何かが変だ。

 芸能人が不倫するのがそんなに重大だろうか。それが政治家でも同じこと、人生の中心は性愛ではないし、不倫は法律違反じゃない。そもそも他人の恋愛沙汰をとやかく言うのは、野暮というものだ。

 体臭があることがそんなに問題か。汗をかくのは悪いことか。清潔礼賛の風潮は加速している。ダニも含めて生物多様性で、共生する微生物が体内に存在しなければ我々は生きていけない。もしかして、無味無臭の無生物にでもなりたいのか。

 日本人が一番優れているなどと言いたがるなんて恥ずかしいとは思わないか。特定の国を馬鹿にして何が楽しい。そんな態度で尊敬されるわけがないじゃないか。たとえ相手が無礼であっても礼を尽くす、それが礼節の美徳というものではなかったのか。

 少しでもルールに沿わない者を鬼の首を取ったように糾弾することが、正しいと本気で思っているのか。人の作った制度や法は絶対ではない。日本軍は沖縄で何をした。シンドラーも杉原も、自分の意志で、自分のモラルで体制の命令を拒否したからこそ、英雄になったではないか。

 これらは、どれも「本質を見ようとせず卑近な感情に振り回される現象」という点で共通している。

 ネット普及以降、個人の感情の暴走に歯止めがかからない。感情は様々なものと結びついて醜く変形し、たちまち増殖し元の感情さえも食い尽くす。まるで癌(がん)細胞のようだ。

 人類の歴史は、感情との戦いの歴史だった。かつては宗教、続いて民主主義や科学が感情抑制装置になった。美学も思想も抑止装置だ。今や装置は壊れ、感情の暴走の前に我々は為すすべがない。

 放置しておけば絶滅する。

 文明が直面している最も危険な問題である。

(天願大介、日本映画大学学長映画監督、脚本家)