<南風>自白


社会
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 「まさか!」。しゃがみこんで髪を洗っている妹のお尻をめがけて、サソリが小刻みに毒針を動かしている。

 3歳違いの妹は祖父の血を濃く引き、潔く、けんかに強い(祖父は沖映の創業者、宮城嗣吉。ハリウッド映画ベストキッドMr.ミヤギのモデル説あり)。妹は幼少の頃、弟をいじめた年上のウーマクー達相手に一人で敵討ちに行ったり、骨折を一日中我慢したりと武勇伝の多い娘であった。

 大学時代、このやんちゃなボディーガードを連れて、彼女の夢だったホンジュラスを旅した。人けのない空港で、政府職員らしい人から何をしているのか聞かれたので「トルヒーヨへ」と答えると、「早くこれに乗りなさい」と野菜を積んだトラックを指した。他に乗り物は見当たらなかったので、キャベツの隙間に座り町まで送ってもらい、そこでトルヒーヨ行きのバスに乗り換えた。途中でヤギを載せたり、運転手が用事をしに行ったりで、現地に着いたのはもう日が暮れる頃だった。

 停留所で、空港の人の連絡を受けた海外青年協力隊員が心配そうに待っていた。村のホテルは廃業していたので、彼の家へ世話になることにした。夕食を頂きながら、仕事の話になり、度々「それにしてもなんでこの村に?」と質問されるが、妹は単にトルヒーヨを見たかっただけと答える。夜も更け、隊員は屋外にある自慢の五右衛門風呂を勧めてくれた。骨身にしみるおもてなしだ。

 しかし風呂の主は、招かざる客に怒り心頭のご様子。いくら妹が強くてもこれは危険だ。ざぁーっと湯をかけ、サソリが隅に流されている間に、妹を促し急いで風呂を出た。外は満天の星。妹は夜空に向かって言い放った。「ごめん。私の行きたかったトルヒーヨは、中米じゃなくスペインだったみたい。でも、ここいいとこだねぇ」。サソリはそれを知っていたのだろうか。
(石原地江、有限会社アンテナ代表取締役)