<南風>アートのチカラ


社会
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 2年前の6月に一般公開を始めた交流会館に、その2週間前まで仕事として準備をする職員はいなかった。しかも、展示業者といわれる展示制作業者さんに関わってもらい展示をつくることも多いのだが、この資料館はそれも使っていない。

 この2点だけでも十分変わった成り立ちの資料館だが、その代わり本当にたくさんの人に関わってもらってつくってきた。今回は感謝も含めて、資料館づくりの舞台裏と、中でもアートのチカラについて書きたい。

 専従で展示作業に携わる人がいないということは、みんな別に生業をもちながら、夜間や休日を使って展示をつくってきたということだ。展示をつくるにあたって全くのゼロからではなかったのは、沖縄県ハンセン病証言集の取り組みがあったから。それでも来館者に伝えたいこと、それをどのような形の展示にできるのかなど、みなで侃々諤々(かんかんがくがく)の議論もしながら、試行錯誤してきた。

 常設展示室に何の再現物をつくるのか、そんな話し合いも重ねて、いくつかのものを選択した。

 導入に置いた愛楽園開園当時から残る壁は、彫刻家の方に型をとって再現してもらった。隔離小屋の再現は、名護博物館のみなさんの力を借りた。

 コンセット病棟や隔離小屋など様々なものを古くみせたり、壁にペインティングしたりしてくれたのは県立芸大の学生や講師の方だ。

 彼女たちもまた、本業の合間をぬって、園に何日も泊まり込んで作業を行ってくれた。途中で倒れて家族の方に迎えに来ていただいたりと大変な一幕もあったが、一般公開の日の朝、徹夜疲れに加え、やり抜いた彼女たちの顔があった。

 彼女たちが心血を注いで描いた絵は、展示を何倍も厚みのあるものにしてくれている。そんな彼女たちの苦労にも思いをはせながら、見ていただけるとうれしい。
(辻央、沖縄愛楽園交流会館学芸員)