<南風>台風


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 去る10月、沖縄の週末を2度も台風が襲い多くの行事が中止となった。台風になると25年前にダイビングショップでアルバイトをしていたあの日を思い出す。その日も台風が近づく予約客の多い週末だった。班長は速度が遅いので午前中のマリンスポーツを行うと決定した。私も内心どこが台風かと高を括(くく)っていたが、日が高くなり海に入る頃になると雲が立ち込め、不気味な風が吹き始めてきた。(早めに上がったほうがいいかな)。そう思ったとき、班長がメガホンで浜に戻ってくるよう指示をした。

 アシスタントだった私は担当していた男性のお客様4名の安全確保のため、すぐ浜へ上がるよう伝えた。時折打ち上げる強い波にバランスを崩しながら、彼らは岩につかまり無事上陸。彼らが浜に上がるのを見届けた私が移動を始める頃は、波の威力が増していた。前へ進もうとするが、機材の重さと潮の流れに体の自由を奪われ、近くの岩にしがみついているのがやっと。ひざ程の浅瀬なのに。焦る気持ちを押さえながらタイミングを見計らっていると、陸にいる男性客らが心配そうにこちらをうかがっている。「大丈夫です」と言うつもりが「だいぃぃ」となり、彼らは顔を見合わせたかと思うと、こちらへ戻ってこようとする。「ダメ!」と手を上げたとたんに、体がゴロとひっくり返り、まるで助けてと手を振っているようになってしまった。

 たちまち彼らは私の元に駆けつけ、機材もろとも軽々と持ち上げ、私は引きずりあげられる形で浜に戻ることができた。恥ずかしさと申し訳なさに、無我夢中で何度も頭を下げる私の耳元に口を寄せ一人が小声で言った。「もういいよ。実は僕たち自衛隊なんだ」。それ以来、ショップには安全管理の徹底が強化された。彼らの笑顔は自然への畏敬の念と共に今でも心の奥に刻まれている。
(石原地江、有限会社アンテナ代表取締役)