<南風>女子硬式野球大会への道


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 「沖縄でも女子の硬式野球の大会を開催したいね」。沖縄ティーダバルの安次嶺康一代表との願いの一つでもありました。

 足跡のない「0」の大会を「1」にするのは、すごく大変で難しいこと。運営のノウハウのない私には一歩を踏み出す勇気はありませんでしたが、ふとした代表の声かけから沖縄大会を開催することになりました。4年前のことです。

 うれしいことに、全国には応援して下さる方々がいました。女子野球の普及を願う胡桃さん、平成国際大学監督の濱本先生、女子野球連盟の津司さんらが大きな力と勇気を下さりました。

 さあ、開催が決まれば走りださなければ。

 まずは球場の確保。そして協力願いの企業回り。沖縄での女子硬式野球の認知度は思った以上に低く、なかなか伝わりません。それでも、プロ野球と同じマウンドからボールを放り、同じ塁間を走り、泥んこになって頑張る女子選手の姿を県民の皆様にも観(み)ていただきたい。素直に「野球が大好き」な女の子のプレーを観てほしい。そして、グラウンドに咲く彼女たちの笑顔の花を観てもらいたい。その思いだけでいろいろな所に足を運びました。

 いち早く球場使用を許可していただいた恩納村の関係者の皆様には、感謝の気持ちでいっぱいです。沖縄の綺麗な海が見下ろせる「赤間球場」は室内球場もあり、施設は最高。一番の環境で大会が開催できること、沖縄ティーダバルの戦いが地元でできることに喜びと幸せを感じました。

 大会をやると決めてからの半年間は必死でした。いくつもの壁にもぶつかり、涙したこともありましたが、それ以上に彼女たちのプレーを観てもらえる嬉しさと、歴史的な1ページが刻まれるであろう大会に関われることに、見えない力が湧き、不思議と突き進む私がいました。
(新垣かおり、女子硬式野球沖縄ティーダバルマネージャー)