<南風>海外留学の力


社会
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 幼い頃、沖縄の文化が嫌いだった。三線の魅力も踊りの魅力も感じず、エイサーも。中学の授業で見た琉球舞踊は寝てしまい、文化祭のエイサーは嫌々ながら。無理やり連れて行かれる親戚の集まりの場よりも友達と遊びたかった。

 兄は高校に入って青年会に入会。三線道場にも入会した。手踊り、太鼓、地謡をこなし、お盆の時期は、親に連れられ、兄の道じゅねーを見にいく。親戚の集まりでは三線を披露しては可愛(かわい)がられ、親戚のスター的存在だった。

 大学に入学してヒップホップを始めた私と比べて、真逆の兄妹だった。

 私が沖縄について考えるきっかけとなったのは、大学を休学し、オーストラリアに長期留学した時だった。

 親元を離れ、海外の学校で英語を学びながら、夜はアルバイト。韓国やタイのアジア国、スペインやブラジル、オーストラリアなど異なる国の友達も増え、現地で出会った仲間とダンスチームを組んでイベントに出場したり、毎日が新鮮で新しい発見ばかりだった。英語が上達することで会話が広がり楽しいことも増えたが、文化や価値観の違いで悩むこともあった。

 何より、沖縄の歴史や文化、食べ物、芸能など今まで疑問を持たず過ごしてきたことに対して、考えさせられ、沖縄のことを伝えたくても伝えきれない自分が恥ずかしくなった。井の中の蛙(かわず)であった。

 沖縄から海外に一度出るという経験は、語学の知識習得だけでなく、人間的な成長にもつながる。

 そして、親のタイプには二通りあると聞いた。「子供を温室の中で育て続け、外部との抵抗を遮断する親」と「子供にはあえて外の世界にもまれて、免疫力をつけてもらおうとする親」。私の親は後者で「可愛い子には旅をさせよ」だった。環境を与えてくれる親の存在も海外留学の力も大きい。
(玉元三奈美、世界若者ウチナーンチュ連合会代表理事)