<南風>輝き


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 先週、沖映通りで面白いイベントがあった。どこかで毎日、クラシックが無料で聴けるのだ。ワイン店からフルート、銀行から五重奏、広場には吹奏楽と、通りは鮮やかな音色で輝いた。生演奏に癒やされながら、私は遠い記憶をたどっていた。

 28年前、イタリア留学中の私は、母と年末のヨーロッパを旅した。聞こえは良いが、実質は修行のようだった。当時、ギャラリーを経営していた母は、2週間という短期間にヨーロッパ中の美術館に立ち寄るつもりなのか、ありえないリストを作成し、毎晩ホテルへ帰ると、私はしばらくベッドで動けなくなるほどハードな調整を課されていた。

 水の都ベネチアへ滞在した時のことである。アンティークグラスを探すため、私たちは市民の足である水上バスを使ってムラーノ島を目指した。ギャラリーや工房を訪れ、土産までゲットし大満足の母。帰るころは夕焼け空が広がっていた。

 茜(あかね)色の乗船場は、仕事帰りの人たちでにぎわっていた。私たちは人込みをかき分け何とか乗船し、甲板の隅に空いていた手すりにつかまった。観光客は我々だけで、何だか居心地が悪いまま船はゆっくりと海へ滑り出た。ムラーノの美しい夕陽を眺めていたら、数隻のゴンドラが目に入った。(そうか、観光客は普通これに乗るんだよな~)羨(うらや)ましく思いながら目で追っていると、不思議な事が起こった。

 隣に立っていた職人らしき男性が、私に向かい静かに歌い始めたのだ。すると他の乗客も私たちを取り囲むように集まってきて、とうとう船上のサンタルチアは大合唱となった。手漕(こ)ぎゴンドラの観光客までこちらを見ている。歌い終わると皆嬉(うれ)しそうに「バスもいいだろう」と言いながら、船を下りていった。ベネチアの海にどこまでも鳴り響く彼らの歌声は、私たち親子の胸に今も色あせることなく輝いている。
(石原地江、有限会社アンテナ代表取締役)