<南風>酸化が進むと


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 県立美術館の開館10周年記念展「邂逅(かいこう)の海」に漆の作品を出品している。漆工芸は異物の混入を極端に嫌う。塗装面を平坦にし、鏡面のように漆を塗ることが求められ、そこにほとんど唯一の価値が置かれる。私の作品はそれに逆らう作業だ。

 家の近くの浜に降りてサンゴの欠片(かけら)を拾う。ひとつひとつのフォルムの差異は、それぞれの生き様の違いによる。それを強い張力を持った薄い被膜でテンションをかけて覆い、漆を塗り重ねていく。

 色に注目すると、琉球の漆工芸は最も古いものには緑があるが、主として赤の時代と、それに続く黒の時代がある。赤は中国を向いていた頃で、黒は日本を向かされていた頃のものである。私の作品は時代の流れを追って、まず赤を塗り、次に黒を塗る。いわゆる根来の技法となるが、研磨の作業の性質上、突起の部分に主に朱色が透けて見えるようになる。

 タイトルは『酸化皮膜』。酸化するのは可視化される皮膚だけでなく、感覚や記憶、価値観や正義もそうだと思う。酸化が進み、赤が透け支配的になるのか、黒に覆い尽くされるかは、時代の空気に左右されることなく、見る個人が決めるものであって欲しい。

 ところで、この作品を展示すると必ず「漆がもったいない」と怒る人がいて困る。今回、同じ部屋で展示している台湾の美術家の夏愛華さんも乾漆の作品をつくるが、まったく同じことをいわれるらしい。この展覧会のサブタイトルは「交差するリアリズム」。お互い「そんな時、なんて言い返すの」と、反撃方法をリアルに交差していたら、背後に人の気配がしたので振り返ると、県立芸大の波多野泉先生の彫刻像、真喜志勉(画家Tom Max。私がこの作品を発表した時、最初に評価してくれた恩師)が、在りし日のようにニヒルに笑って私たちを見ていた。
(前田比呂也、那覇市立上山中学校校長 美術家)