<南風>腹話術のイメージ


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 27年前、腹話術に対する世間の反応は冷たかった。腹話術のイメージは、古めかしく既に終わった芸という認識を持たれていた。

 その昔ブームになった時でさえ、誰にでも出来る芸という評価だったのだから仕方がない。腹話術を始める前、劇団の先輩達に相談すると口を揃(そろ)えてやめた方がいいと云(い)われたものだ。

 なぜ腹話術の道を突き進んだのか? それは腹話術人口が少なかったからだ。役者や歌手は志望者が山ほどいる。道路に例えれば渋滞している。しかし腹話術の道は空いていた。競争率の低い世界ならトップに立てるかも、そう考えた。

 そして多くの人々が腹話術の存在を知っているという点も良かった。もし腹話術がこの世になかったとしたら、初めて目にする人は録音した声を流していると勘違いしたかもしれない。「唇を動かさずに喋(しゃべ)っています」と、いちいち説明しながらでは芸とは言えない。世の中に知られているというのはアドバンテージなのだ。

 が、問題はそのイメージにあった。当初は仕事を取れなかった。電話をかけるも「腹話術? そんな素人芸はいらないよ」。そこで直接出向いて見てもらうことにした。すると手応えがあった。少しずつ仕事を貰(もら)えるようになってきた。でもトントン拍子とまではいかなかった。しかし着実に場数を踏んでいった。

 腹話術歴6年目、愛知県の、とある演芸場での出来事…。会場に入り責任者に挨拶(あいさつ)をした。「腹話術のいっこく堂と申します」。すると「腹話術? そんなくだらないことをやってるのか! 腹話術なんて芸じゃない!」…初対面で、しかも芸を披露する前に、である。それほど、腹話術に対する風当たりは冷たかったのだ。しかしお客さんの反応は良かった。一番受けたのだ。帰り際にその人の姿はなかった。腹話術のイメージを変えた自信がある。
(いっこく堂、腹話術師)