<南風>恐怖のジョギング


社会
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 毎日10キロのジョギングを始めて18年目に入った。腹話術には体力が必要だから走っている。余程(よほど)の土砂降りでない限り走る。しかし地方での雨は走らない。ホテルのロビーやエレベーターなどで、水滴を落としかねないので。その代わり部屋の中で「ももあげ1時間」をやったりする。そう、走らないと気持ちが悪いのだ。

 だが天気が良くても、知らない土地では気をつけなければならない。GPS機能付きの腕時計で距離は測れるが地図は出てこない。現在地を把握していないと無事に戻れないことになりかねない。だから往路では通りの名前、お店、曲がり角などを記憶しておく。しかし、たまにボーッとして目印を見失ってしまうことがある。昼公演と夜公演の間に道に迷いタクシーで会場に戻ったこともあった。そうなると何の為のジョギングやらわからなくなる。

 こんなこともあった…。北海道の遠軽という所で公演前、山の麓を走っていた。1軒1軒が100メートル以上離れている地域。ある家の前で折り返そうとした矢先「ワンワンワン!」突然犬が吠(ほ)えだした。大型犬が敷地の中にいる。慌てて逃げるも犬が追いかけてくる。鎖に繋(つな)がれてない! 全速力で走るが相手は犬。50メートル地点で脚がもつれ、うつ伏せで倒れた。

 万事休す。覚悟を決めた。「人形を操る指だけは噛(か)まれないように」。拳を握って腹の下に隠した。すると犬はそんな私を不憫(ふびん)に思ったのか、そのまま何もせずに帰っていったのだ。

 会場に戻ってスタッフにその話をしたら誰も信じてくれなかった。どうせ信じてもらえないのならと、後日、取材で話を盛ることにした。「最近どんな怖い体験した?」の問いに、「ドーベルマンに追いかけられて転んだが、気の毒がって、私の顔をペロリと舐(な)めて帰っていった」と。

(いっこく堂、腹話術師)