<南風>母親のつぶやき


社会
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 今村昌平氏が理事長をしていた日本映画学校は小田急線新百合ヶ丘駅北口に設けられ、その卒業製作に提出された卒業生の作品が上映されたことがあります。タイトルは「ファーザー」だったと記憶しています。

 登場人物が3人だけのドキュメンタリーです。若い男性の監督が同性愛者です。彼は長野県に住む両親を訪ね、カミングアウトしようとします。

 ―父親は離婚して別居し、新しい女性と結婚しています。息子はなぜ離婚したのかを母親に問います。かつて、両親が住んでいた家が川岸に残っています。物置小屋のような一軒が土手の下に建っているシーンに母親の声が流れます。父親が村落の掟(おきて)を破ったのでムラハチブの制裁を受けて家を出て行ったきり、帰ってこないと言うのです。息子は父親に会いに行き対決します。「どうして母さんを捨てたのか?」と。

 俺が弱かったから村を逃げなければならなかった、と父親。「今は仕合わせなの?」。父親は無言のまま立ち去ろうとします。息子が追います。「答えろよ!」と叫ぶ。父親はその声を振りきって去ります。

 息子は川へ小石を放り投げて帰路につきます。夕食が終わり母親の膝枕で仰向(あおむ)けになった息子が言います。

「父さん、シアワセなんだ」

「あの人はやさしいから女性が尽くすのよ」

「それでいいの?」

「あの人には、この村は耐えられなかった」

 息子はしばらく黙ったままです。やがて、切り出しました。

 「お母さん、俺、女性と結婚できない。男が好きなんだ」。母親は息子の頭を撫(な)でています。しばらくして母親の声「アタシの腹を痛めた子供だもの泥棒になったって可愛(かわい)いよ」。エンドマーク。母親は「結局はカミングアウトを認める」のだ、と私はホッとして椅子から立ち上ったのでした。
(南定四郎、LGBTQフォーラム2018実行委員長)