<南風>翼の折れたエンジェル


社会
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 校長室にギターを習いにくる生徒がいて、この子たちでガールズバンド結成を企んでいる。受け入れられなくても、レパートリーは「夢見る少女じゃいられない」「翼の折れたエンジェル」とかで。

 高校受験目前のある日、3年生の教室にあった本校の守り神ニケのトロフィーが転落して壊れてしまった。翼がもげ、足もとから折れた。生徒も担任の先生も、申し訳なさそうに校長室に壊れたニケ像の様子を見にくる。形あるものはいずれ壊れる。大切なのはそれを捨ててしまわず、元にもどす努力をすることだ。この作業のことを美術の世界では修復と呼ぶ。

 修復の際の大切な配慮に、痕跡を残す、ということがある。傷跡をまったく分からなくすることも出来るが、あえて残すことをする。なぜなら壊れたことも作品の歴史だからだ。順調に何事もないこともよいことだが、トラブルがあり、それを乗り越えたことでさらに価値は高まり誇りとなる。レンブラントの『夜警』が切り裂かれた時、やはり傷跡を残し修復された。今でも作品を見る度に、克服したことを確認できる。そう話すと二人の女生徒がニケ修復に名乗りをあげた。

 本校も卒業式を迎え、多くの生徒が晴れ晴れとした表情で巣立っていった。だが、すべての子が充実した中学校生活を送れたとは限らない。卒業に向けた面談で、悔しくて涙する子や、もう一度やり直したいと吐き捨てる子もいた。でも、それは少し違う。君たちは翼の折れたエンジェル。翼くらい簡単にくっつけられる。君たちの周りには優秀な接着剤がたくさん存在しているから。どんなに壊れようと、何回転ぼうと、捨ててしまわずに何度でも修復する価値が君たちにはある。過去にとらわれることなく、前を向いて歩いていこう。そうしたら、傷跡もまた、誇りとなる日が来る。
(前田比呂也、那覇市立上山中学校校長 美術家)