<南風>恩師の背中


社会
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 3月になると毎年ほろ苦い気持ちが蘇(よみがえ)ってくる。23歳の3月、少しの希望と沢山(たくさん)の名残惜しさを抱えて羽田から沖縄へ戻る飛行機に乗っていた。

 大学4年の年にバブルがはじけた。1期上の先輩たちは青田買い、受ければ受かるなどと言われる時代だったのに。多くの若者が足元のおぼつかない中で未来に向かって行く不安を抱えた。が…実はそれほど深刻に考えていなかった。

 私は大学3年から声優・大平透さん(故人)の声優学校に通っていた。大平さんといえばスーパーマン、ダース・ベイダーの声の人。ちゃんと本人が教えてくれた。贅沢(ぜいたく)な話だ。在籍中からセミプロで活動が始まり、大学卒業後は提携事務所に所属、東京でプロになるはずだったが、様々な事情から白紙になってしまった。

 そこから放送局を受けるもとにかく落ちる。落ちましたと報告するのも辛(つら)かった。そんな時に「お前がダメなんじゃない。採用側にも都合がある。それと合わなかっただけ」と励ましてくれた。アナウンサーとナレーターでは必要な素養が違うので、今振り返ると納得だが、当時は自分を全否定された気持ちだった。

 夢を捨てきれず、一般企業から内定を頂くも親に黙って辞退、東京で1年就職浪人した。その後、ラジオ沖縄の番組アシスタントに採用され沖縄に帰る事になったわけだが、おめでとうの代わりにこんな言葉をもらった。

 「これがゴールじゃなくてプロとしての始まり。自分の刀は錆(さ)びていないか。どこにいても恥じない仕事をしなさい」

 仕事で妥協を許さなかった大平さんらしい一言だ。

 沖縄でプロとしての一歩を踏み出したわけだが、全てうまく行くわけはなく未(いま)だにもがいている。師の背中は遥(はる)か遠く。師に恥じない仕事をと改めて決意する春なのだ。
(諸見里杉子、ナレーター・朗読者)