<南風>欠けた前歯の効用

 私は前歯が欠けている。見た目も悪いのでかなりのコンプレックスだ。

 治せばいいだろ? そうツッコミが入るだろう。歯医者に足を運んだこともある。なのに今もって欠けたままである。…二十数年前テレビ初出演が決まった際、歯医者さんを訪ねた。「差し歯にしてほしいんです」。医者は「何を言ってるんですか! 神経のある自分の歯を大切にしなさい」

 お説教されてスゴスゴと帰ってきた。考えてみたら確かに使える歯を、見た目だけのために手を加えるのは良くないと納得したものだ。それが後々運命を変えることになろうとは!

 腹話術を始めた当初は技術的にも未熟だった。おそらく唇も微妙に動いていた(今でも油断したら動く)。しかし毎日練習漬けだったので日に日に上達していった。

 とは言っても両唇音はできなかった。両唇音とは日常の会話で上唇と下唇をくっつけなくては発声できない音のことである。「ま行、ば行、ぱ行」英語では「B、F、M、P、V」音。これらは腹話術では不可能とされてきた。それ以外の音は比較的腹話術でも言いやすい。腹話術の指導本には「両唇音は不可能です」と書いてあった。台本を作る段階でそういうセリフを排除するように、と。

 しかしそれだとアドリブが言えない。何とか言えるようにしたい! 強くそう思うようになった。試行錯誤を繰り返しある結論に達した。「そうだ!舌を下唇の代わりに使ってみよう」紙面での表現は難しいが…。(1)舌を口の中で伸ばす(2)伸ばした舌先を上の前歯よりも前にもっていく(3)舌先が上唇の裏にくっつく…という方法。舌をくっつけたり離したりすることで発音できるというわけ。

 皆さんもお試しあれ! 前歯が欠けている私は、舌先が上唇の裏側に到達しやすいのだ。つまり欠けた前歯が役立ったという訳だ。
(いっこく堂、腹話術師)



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