<南風>母の味噌汁


社会
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 もう時効だと思うので書いてしまおう。6、7年前の話だが、実はうつ病になったことがある。辛(つら)いことが重なり、私の図太い神経もさすがに耐えられなかったようで、食欲ない、眠れない、集中力が保てないという状態が数カ月続いた。まさか自分の身に起きるとは。自分で自分がコントロールできないというのがあんなに苦しいとは思いもしなかった。

 初期段階から自覚があり、自分で心療内科を受診した。こういうケースは珍しいそうだ。医師に「症状をメモしてくる人は稀(まれ)。ほぼ自分で解決してます」と言われた。ホッとしたと同時に、ちょっと拍子抜けしてしまった。それがよかったのか、その日から急速に回復した。

 周囲のサポートには大いに助けられた。スパッと仕事を休んで治療に専念できればよかったのだが、そこはしがないフリーランスの身。休むことはできず、一部の仕事相手にだけ打ち明けた。公にせずそっと仕事量を調整してくれた。ありがたかった。

 意外にも家族に話をしたのはその後。父母が思い悩むと思うとなかなか言えなかった。きっかけは味噌(みそ)汁だった。ある日、母が出かけようとしている私を捕まえて味噌汁を飲めと言う。一口飲んだ瞬間、驚いた。なんて美味(おい)しいんだろう! どんな高級味噌汁かと思いますか? いやいや。いつもの母の味噌汁。具は大根だった記憶。あの一杯が私は一人でないことを教えてくれたように思う。

 WHOによると、うつ病の患者数は世界で3億2200万人と推計されている。しかし、ほとんどは適切な治療が受けられない状況にあるという。

 当時のことを思い出すと今でも身がすくむ。辛い経験ではあったが、一方で自分を労(いたわ)るバロメーターになっている。あの時、助けられたように、今度は私が何か助けになれればと思う。
(諸見里杉子、ナレーター・朗読者)